バイクというモノを売る時代は終わる ~販売網再編の狙い~

ホンダドリームショップ

最近よく話題になっているバイク販売網の再編。

ホンダは2018年4月から251cc以上のバイクは『ホンダドリーム』という専門いわば正規ディーラーのみの取扱となりました。要するにそこら辺のバイク屋では売れなくなったわけですね。

カワサキも同様で2020年から401cc以上は『PLAZA』という正規ディーラーのみの取扱になる事が決まっており、ヤマハも『アドバンスディーラー制度』で二社に続くだろうと言われています。

カワサキプラザ

スズキだけは販売網がちょっとアレなのでまだ行わないようですが

「何故この様な流れになったのか」

という事をハード面とソフト面の両方から長々と説明させてもらいます。

【ハード面から見た場合】

国土交通省のお達しで2016年10月1日以降の新型車(継続生産や輸入車は2017年)から車載式故障診断装置

『OBD(On-Board Diagnostics)』

が義務付けられました。

・大気圧センサー
・吸気圧センサー
・吸気温度センサー
・冷却水温センサー
・スロットルセンサー
・シリンダーセンサー
・クランク角センサー
・空燃比センサー
・点火システムセンサー
・排気センサー
・車速センサー
・FIセンサー
・ノックセンサー

などなどのセンサーの断線に加え、排ガスの異常を検知出来るようにし、万が一なにか問題が起こった場合はエラーをECUが記録してメーターなどで知らせる機能。

これは

『円滑な整備と安定した運用』

を図るためで、守らないとメーカーは行政指導や行政処分されてしまう。

OBD点検くん

2020年からは断線だけでなく

・触媒の劣化
・システムの劣化
・トルク低下

までも検知するOBD-IIへの移行が既定路線となっています。

そんなOBD機能なんですが、これを搭載したバイクが万が一故障を起こした場合はECUがエラーを知らせ記録します。

そうした場合まず修理・・・ではなくスキャンツールでチェックする必要がある。

OBDチェック

そして故障箇所を特定し修理した後に、DCT(故障情報)をECUから消去して修理が完了となる。

ここで問題となるのが、この一連の流れとOBDに関する設備投資やPC作業を個人のバイク屋が出来るかという話。

まして最近の大型バイクは構造自体も複雑化しているので修理自体も難しい、更にもはやスロットルすら電子制御の時代なので些細なミスが致命的な問題を起こす恐れもある。

ディーラー整備工場

だから電子制御システムてんこ盛りな大型バイクはメーカーの教育を受けた専門店のみの扱いに絞ったというわけ。

これがハード面から見た販売網再編の理由。

【ソフト面から見た場合】

販売網再編についてメーカーの人は

「顧客満足度を上げるため」

と一貫して仰っています。

じゃあ

「何がどう顧客満足度に繋がるのか」

って話なんですが、一つはハード面で話したメンテナンスでのトラブルを防ぐ事で満足度を上げること・・・でも狙いはそれだけじゃない。

実はこの販売網の再編には前例があります。

ハーレーダビッドソンジャパン(以下 HDJ)です。

ハーレーダビッドソンジャパン

ハーレーが日本で販売を始めたのは1913年と日本メーカーよりも古いのですが、一方でHDJが日本に設立されたのは1989年と実は結構最近のこと。

そして今では考えられない話ですがHDJが設立された頃のハーレーというのは減少の一途で、年間販売台数も3000台足らず(今で言えばKTMやDUCATI程度)しかありませんでした。

しかしHDJが設立されてからは縮小していく市場に反比例するように上がっていき約20年後の2008年には15,000台にまで大成長。

HDJの登録台数推移

この成長の鍵はCRM(カスタマー リレーションシップ マネジメント)システムというマーケティングを用いた事にあります。

具体的に何をしたのかというと、まずハーレーに対する高い知識や接客など定められた厳しいプログラムを遵守する店を正規販売店化して手厚くサポートする事でした。

メーカーとショップの信頼関係

つまり今まさに日本のメーカーが始めている

『販売網の整理と正規販売店化』

なわけです。

これの狙いは顧客満足度の向上。

何故なら顧客と直接やり取りするのはHDJではなく店だから。

ショップとユーザーの信頼関係

だからHDJは販売店を教育する事と厳しい取り決めを理解してもらう事に死力を尽くした。

HDJの一方的な要望の様に感じますが、販売店もノルマやサービスなど厳しいプログラムが課せられる一方で公認印を貰えるので収益は増える。

・サービスの質を上げられるHDJ

・正規店となり収益を上げられる店

これでHDJと販売店はWin-Winの関係となった。

そして顧客も『正規店なら全国どの店でも同様の高いサービス』というプログラムによって

「間違いのないショップ」

という安心感が生まれる。

ハーレーショップ

店の外観を統一するのもコレが狙い。

ビジュアル面でもその事(コーポレートアイデンティティ)をアピールするためです。

ここでミソとなるのが正規店で高いサービスを受けた顧客は、店だけでなくメーカーに対し高い信頼を持つようになるということ。

ファミリーネットワーク

そうなるとその顧客はまた同じメーカーの製品を優先して買うようになる。

この『Win-Win-Win』の関係を生むことでHDJは高い顧客満足度や顧客生涯価値(上客)を獲得したわけです。

これは顧客から見れば資本が違えどメーカーの人間と変わらないという認識を生む正規店だからこそ可能なことで、色んなメーカーを売っている店(顧客から見ればメーカー外の個人)だとトライアングルは生まれない。

ショップ買い

信頼関係が顧客と店だけで終わってしまうんです。

つまり日本のメーカーが再編に積極的に動いているのは

『Win-Win-Winのトライアングル』

を作り出すためというわけ。

このCRMシステムは成熟した市場で効果を発揮するマーケティングと言われています。

一応ここまでが建前というか定石なソフト面の話・・・ここからは解説というか独自な見解を交えます。

HDJが縮小していく市場で一人勝ちした理由はこのCRMシステムだけではなく、もう一つあります。

ハーレーのイベント

『イベント』です。

ハーレーは(海外でもそうですが)イベントをどのメーカーよりも多く開催しています。

しかもそれは商品を売るための試乗会や商談会だけではなく、単純にオーナー向けや家族連れ向けのエンターテイメントなお祭りまで。

これの狙いは

「ハーレーは買った後も色々やってくれる」

という顧客の信頼や満足度を上げる狙いや

「ハーレーを知るきっかけ」

という新規開拓などの狙いも勿論ありますが、一番の狙いは別にあります。

ハーレー2018ストリート

『ライフスタイルの提案』

です。

そもそもハーレーは日本メーカーのバイクと比べると割高。そのまま売っても物好きしか買わないバイクです。

では割高なハーレーが何故、縮小していく市場で売れたのかというと

『ハーレーというモノでなく、ハーレーというコト』

を売ったからです。

ハーレーのタンクエンブレム

ハーレーを買えば所有感や手厚いサポートを受けられるだけでなく、イベントが目白押しで土日が忙しくなる。

これがハーレーが飛躍的な人気となった理由。

『ハーレーというライフスタイル』

を売ったんです。

ハーレーのツーリング

ハーレー集団が大所帯と言われ、またそれが事実なのもこれが大きな理由。

「ハーレーを所有できて満足」

というモノ要素だけでなく

「ハーレーファミリーになれて満足」

というコト要素に満足しているオーナーが多いから大所帯になるんです。

ブルースカイヘブン

そしてこれにはもう一つ強みがあります。

『顧客が営業になる』

という事です・・・これがモノに満足している人が多い日本メーカーのユーザーと決定的に違う所。

何故ならハーレーに満足している人の多くは、いま話したように『ハーレーというモノ』に満足している以上に『ハーレーというコト』に満足しているから。

HDJ

だから周りにバイクを勧める事はしないし、アメリカンを勧める事もしない・・・ハーレーだけを勧める。

ハーレーがジワジワと人気を広げていった理由はここにあるわけです。

「割高なハーレーが如何にして売れたか」

という(マーケティングでは有名な)話をしてきたわけですが、ご存知の様に日本のバイクももはや割高感が否めませんよね。

そして日本のバイク市場は成熟しきっているだけでなく、人口減少や少子高齢化により市場縮小は更に悪化していく。

バイク人口

しかも成熟しきった市場の顧客というのは目が肥えているという厄介な要素もある。

そんな時代と市場で実用性が車ほどなく割高感のあるバイクを売るには、ハーレーの様に『バイクというコト』を売るようにしないと

「付き合い方は自分で見つけて」

という旧来のモノを売るやり方はどんどん通用しなくなる。

いい例なのがビーノというヤマハの原付。

ヤマハ・ビーノ

中身はホンダのジョルノと同じなのに、原付は他にもあるのにビーノだけが市場予想を大幅に上回る人気が出ました。

要因となったのは『ゆるキャン』という人気アニメに登場するキャラが乗っているから。つまりビーノが売れたのはビーノが良い”モノ”だったからじゃない。

ゆるキャンVINO

『ゆるキャンの世界観』

『ビーノでキャンプ』

という良い”コト”があったから成熟しきって腐りかけている原付市場にも関わらず人気が出た。

「それが販売網再編とどう関係しているのか」

って話ですが、販売網を正規店に絞れば顧客や顧客情報をメーカーが集約し把握できるわけです。

すると顧客に対して”モノ”の満足度を上げる為のフォローだけでなく、サポートやコミュニティやライフスタイルといった”コト”に対する潜在的な満足度を上げる(育む)為のマーケティングを打ち出しやすくなる。

ホンダドリームのイベント

最近メーカーや正規店主催のイベントが市場規模と反比例するように目立つ様になったのが何よりの証拠。

つまり販売網の再編は、良いバイクを造ればそれでよかった

『バイクというモノ』

を売る時代から

『バイクというコト』

を売る時代へと変わっていく始まりでもあるんです。

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