空冷エンジンが規制に対応できない理由 ~水冷と空冷の違い~

空冷エンジン

騒音規制や排ガス規制の強化によってもはや絶滅危惧種となった空冷エンジンのモデル。

「空冷は水冷と違って規制を通すのが難しいんだよ」

って聞いたこともあると思いますが、じゃあなんで空冷は難しいのかという話と長々と。

まず空冷と水冷の違いについて簡単に説明。

空冷エンジンというのは走行風でエンジンを冷やす昔ながらの方式。エンジンが風を浴びることで冷やしているわけですね。

空冷の仕組み

至ってシンプル。

一方で水冷エンジンは水(冷却水)をエンジンの周囲に巡らせる事でエンジンを冷やし、熱くなった冷却水をラジエーターに通し走行風で冷やす方式。

水冷の仕組み

そう結局のところ水冷も最終的には風で冷やす。

「だったら最初から余計な物がいらない空冷でいいじゃん」

と言って空冷水冷問題を巻き起こした宗一郎の意見もごもっともな気がしますよね。でもそうじゃないから空冷が数を減らし水冷が当たり前になった。

どうして水冷が主流になったのかというと

「水のほうが冷えるから」

でも間違いではないんですがエンジン的に言うと

「温度管理能力が優れているから」

です。

ラジエーター

水というのは空気よりも熱伝導率が24倍も高く、また比熱といって1度上げるために必要な熱量も4倍と非常に温まりにくい。

つまり誤解を恐れずに例えるなら水冷というのは空冷には不可能なほど超巨大なヒートシンクを付けている様なものなんです。

ただしそれだけじゃない。もう一つ重要なのが水冷は熱くなった水を冷やすためのラジエータや水を送るウォーターポンプなどと一緒にこれが付いている事。

サーモスタット

『サーモスタット』

これは温度によって開閉する調整弁・・・これの存在が大きいんです。

水冷エンジンの仕組み

何故ならこれがある事でただ単に熱くなるのを防ぐだけではなく、冷やしすぎるのも防ぎ温度を一定に保てるから。

高温時と低温時

水冷エンジンのバイクに乗っている人ならどんな状態でも水温は80~105度前後で安定するのを知っているかと。

それはこのサーモスタットのおかげで、この2つによって水冷は

「エンジン温を一定にする事が出来る」

というわけ。

水冷と空冷の温度領域

しかし熱を肩代わりしてくれる存在を持たない空冷はエンジンの温度が目まぐるしく変化する。

例えるなら水冷は自分で汗をかいて温度を調節できる恒温動物で、空冷は環境温度に依存する変温動物のようなもの。

うさぎとかめ

どうしてエンジンの温度を一定に保つ事がそれほど大事なのかというと、これが排ガス規制に直結してくる。

空冷問題その1
『燃焼が安定しない』

不安定な燃焼

エンジンの温度が目まぐるしく変化すると当然ながら燃焼時の温度も変わってくるので綺麗な燃焼が出来なくなる。

もしも温度が低かった場合ガソリンが上手く気化されずそのまま排出されるので排ガス規制の対象であるHC(炭化水素)を大量に排出してしまう。

じゃあ温度が高かった場合どうなるのかというと、今度は同じく排ガス規制の対象であるNOx(窒素酸化物)を大量に排出してしまうんです。

空冷問題その2
『オイルを燃やしてしまう』

オイル燃焼

潤滑のために入っているエンジンオイルをガソリンと一緒に燃やしてしまう原因は主に

・バルブなどヘッドから垂れてくるオイル下がり
・クランクから吸い上げてしまうオイル上がり
・ブローバイガス(未燃焼ガス)と一緒に吸気へ循環

があるんですが、その中で大半を占めるのがオイル上がり。そして空冷エンジンはこの量が非常に多い。

何故なら何度も言いますが空冷は水冷よりも温度の幅が大きいから・・・それすなわち熱膨張の範囲も大きくなるのでクリアランスを詰めることが出来ないから。

具体的に言うとオイルを食ってしまう主な原因はシリンダー壁面の温度上昇。

オイル上がり

これによりピストン(ピストンリング)とのクリアランスが歪んでしまうので、吸気時に吸気バルブからだけではなくクランク下で煮詰められて蒸発気味なシャバシャバのオイルも吸い上げて一緒に燃やしてしまうというわけ。(厳密に言うとピストンが首を振って隙間を作ってしまう)

ちなみに具体的なシリンダー温度を言うと水冷が140度前後で収まるのに対し、空冷は170度前後まで熱くなる。

オイルを大量に燃やしてしまう時点でアウトな話なんですが、問題はそれだけではなく排ガス浄化装置である触媒に悪影響を与えてしまうこと。

エンジンオイルの中には硫黄やリンという成分が入っているんですが、これが触媒の活動を失活または低下させる劣化被毒というものを招きNOxなどを浄化できなくなってしまうんです。だから硫黄やリンにも厳しい規制があったりします。

空冷四気筒

不安定な燃焼で有害物質は出すわ、オイル燃やして触媒痛めるわ、ついでに熱劣化で強度面でも厳しいわ・・・温度を一定に保てないだけでこれだけの問題が起こる。

最新設計空冷のエンジンヘッド回りが強制油冷だったり水冷とのハイブリッドだったりするのも、一番の熱源であるヘッド周りや風が当たりにくい部分の熱ムラを冷やす事で何とかエンジンの温度をコントロールしようとした結果。

強制油冷ヘッド

ちなみにこれはノッキングを抑える狙いもあるんですが、性能の話まで始めるともっと膨大で難しい話になるので割愛。

ただし規制はもう一つありますよね・・・そう、騒音規制。空冷エンジンで問題となるのは実は排ガス規制よりこっちだったりします。

空冷問題その3
『音を増幅してしまう』

空冷エンジンといえば走行風を効率良く浴びるために備え付けられている美しい冷却フィンがトレードマークというかアイデンティティですが実はこれが騒音を生んだり増幅したりしてしまう。

空冷のノイズ

・燃焼によって生じる燃焼音
・シリンダーヘッドからの放射音
・フィン自体が振動して起こす共鳴音

冷却フィンを付けるだけでこれらを増幅発生してしまうんです。空冷はエンジン音がよく聞こえる、人によってはうるさいと感じる理由はこれ。

防音材や防音壁でエンジンを囲えれば良いんだけど、それをやってしまうと走行風を遮る事と同義なのでただでさえ苦手な排熱が更に酷くなる。

空冷フィン用アブソーバー

だからせいぜいこうやって冷却フィンの間にアブソーバーを挟み込んで共鳴を抑えるくらいしか出来ない。

じゃあ一方で水冷はどうなのかというとフィンが無い事から共鳴しないのはもちろん

『エンジンを防音壁で囲うという空冷には絶対に出来ない事』

をやってのけてる。だから水冷が主流となったと言っても過言じゃない。

皆さん水冷エンジンは周囲を防音壁で囲ってるって知ってましたか・・・グラスウールとかじゃないですよ。

水という防音壁

水という名の防音壁です。

冷却のために張り巡らされているウォータージャケットは、同時に防音効果があるウォーターパネルにもなってる。だから圧倒的に静かなんです。

もうハッキリ言って空冷に勝ち目ないですよね。

もちろん空冷にも

・メンテナンスがしやすい
・水が要らないので軽い
・暖気が得意

などのメリットはあります。

水冷は常に水が張り巡らされているのでエンジンの温まりが悪く、吹いたガソリンをクランクに漏らしてオイルを希釈しがちというデメリットがあったりします。

空冷Vツイン

短距離走行が良くない理由の一つはこれなんですが、ただまあ空冷の方がオイルを熱してしまうので結局オイルに厳しいのは空冷だし規制と関係ない話。

最後にオマケというか結論というか一番の理由。

空冷問題その4
『出せないのではなく出さない』

暖気が得意

メーカーの人のこぼれ話みたいなものですが、現在の厳しい規制に適応した空冷エンジンも造ろうと思えば造れる。世界を牛耳るほどの技術力を持ってるんだから当たり前。

じゃあどうして造らないのか、せいぜい既存エンジンの延命だけで減る一方なのかというと

「商品にならないから」

です。

空冷エンジンは一昔前までは水回りが不要な事から低コストで比較的容易に造れるエンジンと言われていたんですが、規制が厳しくなったことで立場が大きく変わってしまった。

空冷エンジンの温度分布

話してきたように規制に対応するためには温度を安定させるしかない。そのためには空気という目には見えない不確実な要素を読みながら精密かつ細かい設計や制御をする必要がある。

結果として

『水冷よりも膨大な工数(負担)』

が避けられない冷却方式になってしまったんです。まして今はサイドカムチェーンを始めとした水冷前提のエンジンが基本だから部品の共有化も難しい。

そしてこれらは全てコストひいては車体価格に転嫁するしかない。

しかも仮にコスト面をクリアした上で規制に適応した圧倒的にクリーンな空冷エンジンを造れたとしても間違いなく酷評されると断言できます。

何故なら

「空冷で規制を通すという行為は空冷が持つ魅力である味(曖昧さやノイズ)を削ぐ行為に直結しているから」

です。

だから新しく造ったとしても

『水冷より低スペックで、水冷より冷徹無比で、水冷より割高な空冷』

が出来上がってしまう。

そんなバイクを誰が欲しがるのよって話。空冷エンジンが消えていく背景にはこういう理由があるんです。

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