人気車種や販売台数それからIRなどからも見ても2000年代後半からカワサキの人気が急上昇していますね。
「二輪はオマケで造っている」
とか
「バッタが来たぞ」
とか言われていた90年代頃までを知る人からすると本当に考えられない話。
どうしてこれほど人気になったのかという話ですが、まず確実に言えるのは2007年頃から掲げたフィロソフィーにあります。
『Leading Edge(最先端)』
この言葉自体は見たり聞いたりした事がある人も多いかと思いますが、これNinjaのコンセプトというわけではなくカワサキのバイク全てに精通するコーポレートフィロソフィー(企業理念)なんです。
カワサキですし飛行機から取ったのかも知れないですね。
この主翼の前縁部分もLeading Edgeと言うらしいです。
ただ言葉は同じでもカワサキモーターサイクルが掲げる『Leading Edge』はニュアンスが少し違います。
飛行機が最先端と訳せるのに対しバイク事業は
『最尖端』
という意味を訳しているんです。
これが何を意味しているのか簡単に説明すると開発において
「どのクラスでも一番尖い(するどい)バイクを」
という事。
これは最近のバイクラインナップを見れば一目瞭然。
H2などが正にその典型ですが、それ以外でもNinjaやZなど全てのクラスが尖ったコンセプトを持ったバイクばかり。正に尖る事に特化した『Leading Edge』の現れですね。
もちろん単純に意気込みを掲げただけでこうなったわけではなく実現のために開発が大きく変わりました。
一番大きいのは試作の製品評価を”カワサキ車である事を伏せた状態”で第三者に評価してもらうようにした事。
その状態でもなお
「このバイクは尖ってる』
という評価を得られる様な開発にシフトしたんです。
これによりカワサキが元々好きだった人だけではなく、それまでカワサキに興味がなかった人のハートをも射抜くほどの尖い商品開発に成功し人気となったという話。
ただし・・・カワサキが人気になったのはそれだけじゃない。
確かにカワサキは尖いバイクを出しているんですが、尖いだけではここまでの人気にはなりません。
カワサキ営業本部長の浅野さん曰くバイクつまり商品に対して『商品力』と『商品性』を使い分けているとのことなんですが、これは梅澤伸嘉さんというマーケティング界で有名な方が提唱した
『C/Pバランス理論』
に通ずるものがある・・・難しい話なので簡単に説明します。
例えば新しいバイクが出たとして
「うわっこれ欲しい」
という声が多かった場合それは『商品力』が優れたバイク。
対して試乗やインプレやオーナーから
「これは良いバイクだ」
という声が多かった場合それは『商品性』が優れたバイク。
これが商品力と商品性の違い。
『購入前に理解されるのが商品力/コンセプト』
『購入後に理解されるのが商品性/パフォーマンス』
という話で、これはどちらが欠けても駄目。
もしも購入前に理解される『商品力/コンセプト』が不足していると興味を持ってもらえず一部にしか人気が出ない。
反対に購入後に理解される『商品性/パフォーマンス』が不足していると不評が広まり人気が続かずリピーターにもなってくれない。
この欲しいと思わせる商品力と、買って良かったと思わせる商品性の両方が備わっていないとヒットしないというのがC/Pバランス理論。
そしていま話してきた『Leading Edge』というのは購入前に大事となる商品力の要素であって、購入後に評価される商品性の要素ではない。
つまりカワサキの人気が一過性ではないのは『Leading Edge』という商品力/コンセプト要素だけではなく、それに匹敵する商品性/パフォーマンスも兼ね備えているからという事になるわけです。
「そもそもバイクにおける商品性/パフォーマンスって何」
という話ですが
・資産的価値
・走行性能
・故障率
・アフターサービス
・各種イベント
などがあります。
決して規模が大きいわけではないカワサキが率先して販売網の再編化(正規ディーラー化)をしたのもこの商品性を上げる狙いが大きい。
実はカワサキはいまCRM(カスタマーリレーションシップマネージメント)の徹底、早い話が顧客満足度の追求を一番してるメーカーだったりするんですが商品性の追求はこういったソフト面だけじゃない。
ハード面つまりバイクにも分かりやすく現れていたりするんです。
例えばカワサキの旗艦であるZX-14Rというメガスポーツ。
世界最速というコンセプトが要のモンスターバイクですが、このZX-14Rには一つ不釣り合いな装備が付いています。
それは『格納式バンジーフック』です。
最速が至上命題のバイクにとってこういったツアラー向けの装備は本来なら不要。実際ZZR1400の頃まではこのギミックは付いておらずシート下にフックが設けられている形でした。
じゃあなんでこれを付けたのかと言うとZZR1100などの旧オーナーから指摘されたから。
開発責任者の大島さんがZX-12RからZZR1400まで様々な次世代のZZRを出したにも関わらず一向にZZR1100から乗り換えてくれないオーナーが多かった事から買い換えない理由を直接聞いたところ
「格納式バンジーフックが付いてないから」
と言われたんです。
この格納式バンジーフックは元々GPZ1000RXの頃に生まれZZR1100までは付いていました。
「最速バイクでそんな事を気にするのか」
と言いたくもなる話なんですが、それでもZX-14Rでは廃止されていた格納式バンジーフックを装備を付けた。
スプリング式で使わないときは格納するようになっており、付いている場所もシートカウルの下ではなく上。
これもユーザーから
「紐でシートカウルに傷が付くのは嫌」
という声があったから。
もう一つ上げるとすればZX-6R。
このZX-6RにはなんとETC2.0やガソリンメーターが付いています。
スーパースポーツというラップタイムが絶対正義のバイクにとってはハッキリ言って足枷でしかない装備。じゃあ何故それを付けたのかと言えばZX-14Rと同じ。
菊地リーダー曰くユーザーがそれを望んだから。
「街乗りやツーリングでも使いやすくしてほしい」
という声が多くあった事から可能な限りそれに応える形にした結果がこれなんです。
この様に
「メガスポだから、SSだから」
というコンセプトつまり商品力だけを追求するのではなく
「どうしたら満足してもらえるか」
という購入後のパフォーマンス、商品性の向上を重視するようになったんです。
だからZX-14Rをツーリングに使うオーナー達が多い事を鑑みて格納フックを付け、ZX-6Rをサーキットだけでなくマルチに使うオーナーが多い事を鑑みて便利な装備を充実させた。
「どうすればコンセプトだけでなくパフォーマンスにも満足してくれるのか」
を重視する様になったから人気が出ているという話。
「ユーザーの声に敏感なんだな」
という話なんですが、前にモーターサイクル&エンジンカンパニーの役員の方がこう仰っていました。
「我々は消費者の声が聞こえにくい企業体質だ」
と。
これはカワサキが他のバイクメーカーとは大きく異なる企業である事が関係しています。
川崎”重工業”という名前からも分かる通りカワサキは
・鉄道車両カンパニー
・航空宇宙カンパニー
・環境プラントカンパニー
・海洋船舶カンパニー
・ロボットカンパニー
などなどバイク以外も多岐にわたる事業を抱えている複合体企業です。
何故それが消費者の声が聞こえにくい体質に繋がるのかというと、これらは全て
『B-to-B(Business to Business)』
といって企業間取引の事業だからです。我々の様な一般消費者が顧客じゃないんです。
その中でバイク部門にあたるモーターサイクル&エンジンカンパニーは唯一、一般消費者へ向けた
『B-to-C(Business to Consumer)』
の部門。
決定権を持つ相手が企業という組織である『B-to-B』と、個人である『B-to-C』ではそもそもの向いている方向が違うのでノウハウもマーケティングも何かも異なって共有する事が出来ない。
まして川崎重工業は造船を始めとした『B-to-B』で成長してきた企業。だから一般消費者の声が聞こえにくい俗に言う『重工体質』だという話。
そんな状況にも関わらず2018年時点で航空宇宙に次ぐセグメントにまで成長したのはそんな重工体質をカワサキ自身が自覚しているから。
だからこそユーザーの声を決して軽視せず、過剰なほどまでにユーザーの声を聞くんです。
これは憶測の話ではありません。その姿勢が現れているものがあるんです。
それは『KAZE』という今どき珍しい年会費制の公式ライダースクラブ。
冊子やイベントやサービスなどカワサキオーナーのバイクライフを充実させる為にあり一昔前は他のメーカーもやっていました。
しかし企画や管理など負担が大きく、また人口減少もあって今となってはカワサキだけ。
では何故カワサキだけ続けているのかといえばカワサキにとって『KAZE』は接点が薄いコンシューマ、つまりユーザーの声を聞く貴重な手段と考えているから。
営業本部長の浅野さんも社報で
「川崎重工のモーターサイクル事業の核心はKAZEにある」
とまで言い切っています。
この様にユーザーの声が聞こえにくい重工体質を自覚しているからこそユーザーの声を何処よりも耳を傾けて聞こうとする姿勢になり、70年代には僅か7%足らずでお荷物扱いだったセグメント割合を20%にまで押し上げる事に成功した。
そして今もこの姿勢を貫き通しつつ『Leading Edge』というブランドフィロソフィーを掲げたことで
「ハートを射抜く尖いコンセプトと、ハートを鷲掴みにする鋭いパフォーマンス」
”2つのするどさ”を兼ね備える事が出来たからカワサキは一躍人気メーカーになった・・・というお話でした。