2010年前後からSSやメガスポーツといったハイスペック車のスペックインフレが起こりました。
今では200馬力も当たり前な恐ろしい時代に。
少し前までは200馬力なんてレーサーくらいなものだったのに。
さてその200馬力を可能なものにしたのはバルブが変わったからなんです。
※バルブが何かわからない人への簡単な説明
バルブというのはエンジンの燃焼室の出入口のドアみたいなものと思ってください。
これが(涙滴型の回るカムシャフトに叩かれて)開いたり閉じたりすることで上下するピストン運動し、圧縮や排気が出来る様になってるわけですね。
ところでどうしてレブリミット(回転数リミット)があるのか考えたことがありますか?
それはエンジンオイルの油膜切れやピストンピンやコンロッド保護の意味合いもありますが、最もたる原因はクランクの回転にバルブの開閉が追いつかなくなって共振し正しく働かなくなってしまうからです。これをバルブサージングといいます。
バルブとピストンがゴッツンコして折れたり曲がったり、ヘッドから突き出て来ます。
よく漫画とかアニメでブンブン走ってたらドカーンってエンジンいくパターンのやつですね。
回転運動だけでいいクランクと違ってバルブは上下運動。回転運動より上下運動の方が大変なのは何となくわかると思います。
エンジンの性能を決めるのはバルブと言われるほどバルブはとても重要なファクターなんですね。
だからドゥカティは共振の原因となるバルブスプリングの要らないデスモドロミックを使ってるわけです。こうすることで一般的なチェーンタイプよりも更に正確でロスのない開閉が可能だから。
しかしそれでも限界はある。そこで生まれたのがチタン製のバルブ(インレットバルブ)です。
通常のバイクのバルブはステンレスです。
それに対しハイパワー車はチタン。
って写真で見比べても分からないですよね。チタンといえばマフラーの方で馴染みの多い人も多いと思います。
「チタン=軽い」というイメージが先行してますが、正しく言うなら「軽くて強い」です。
確かにステンの約半分という脅威の軽さですが、ただ軽いだけでなく強度もとても高いため薄肉化でき、更に軽く出来るというわけですね。
バルブをチタン化で軽量化することで
・より正確な運動が可能に(コレが一番大きい)
・軽いため傘の径を大きくしても重くならず吸排気効率のアップ
・正確さが増すのでリフト量(バルブが開く深さ)を上げられ、これまた吸排気効率のアップ
・バルブが軽いためバルブスプリングのバネレートを弱く出来るのでフリクションロスの軽減
等など
これらのメリットからもはやSSやメガスポーツといったバイクにチタンバルブは欠かせない物となっています。
近年ではハイスペック250として話題に上がるWR250なんかもチタンバルブです。
あれもチタンバルブを採用したことで250とは思えないスペックが可能になったわけですね。
メリットだらけのチタンバルブ
もう採用しない手はない・・・かといえば実はそうでもなかったりするんです。メリットがあるからにはデメリットもある。世の中そんなに甘くない。
メーカーやそれにベッタリな業界は絶対に書かないと思うので敢えて書きます。
※該当車に乗ってる人は要らぬ心配が増えるので見ない事を推奨します・・・
デメリット1「ステンレスの比じゃない製造コスト」
ステンレスと比較した時、40~50倍の生産コスト差があると言われています。
さらにチタンは性質上成形が非常に難しく、簡単に狙った通りの物が出来ません。
ましてコンマ単位での正確さが求められるバルブですので尋常ではない生産コストがかかってしまうわけです。
メーカーも止むに止まれず使っているというのが現状かと。
これはまあ大した問題じゃありませんね。そのぶん車体価格に反映されてるでしょうし。
デメリット2「強すぎる故に脆い」
矛盾しているように聞こえますが、こっちが結構問題だったりします。
チタンは摩耗性と展延性が悪いという性質を持っています。
まず摩耗性ですが、チタンは簡単に言うと滑りにくいため摩耗し易い性質です。
じゃあバルブ開閉の度にバシバシ叩いて大丈夫なのかって話ですが実は大丈夫じゃなかったり・・・そのためチタンバルブはかじりや焼き付きを起こす可能性が高くなります。
次に展延性ですが、これまた簡単に言うと折れるという事です。
チタンは頑丈で曲がったり伸びたりしない反面、限界を迎えると何の前触れもなくポキっと逝きます。
そうなったらエンジンお釈迦です・・・チタンバルブにはこういったデメリットというかリスクが伴うわけですね。
読んでしまって後悔してる人へ
恐らくデメリットを読んで、信じられなかったり、落胆している人もいるかと思います。
でも安心してください。メーカーが採用しているチタンバルブはそんな弱点を解決するためバルブに特殊なコーティングをすることで解決しています。
実際、普通に走れているなら何の問題は無いわけで・・・驚かせてごめんなさい。
(ちゃんとメンテしている前提の話ですが)
ただし、ステンレスバルブより寿命が縮む”恐れ”が増すのは事実です。
だからSSやメガスポーツといった、よりスペックを求められる車種にしか採用されていないわけなんですね。
というか元々はレーサーのための部品なんだからレースからフィードバックされた凄い技術とも言える。
まあつまりはハイパワー車にチタンバルブはもう必要不可欠ってことです。これからはコンロッドやクランクシャフトなんかもチタン化していくんでしょうね。
最後に余談
最近サードパーティ製で見た目も鮮やかなチタンボルト等が流行っていますね。
この記事を読んでもらったら言いたいことは既に分かると思います。
チタンは何の前触れもなく突然ポキっと逝きます。だからチタンボルトを使うなとは言いませんが、使う場所には気をつけましょう。
純正の重くてダサいスチールボルトもただ単にコストカットと言うわけではなく
耐久性や腐食などを考慮した上で、適材適所で使ってたりするわけです。
バルブじゃないけど、ステンレスボルトにも注意が必要かと。
同じ規格(M8等)でも強度が違うので、ちょっとしたオーバートルクでちぎれる事があります。
ホームセンター等で簡単に手に入り、安いし種類も多いし見た目ピカピカしてスマートだし錆びにくいしでとっても魅力的なんですけどね。
車やバイクも含めて、工業製品には各部位に求められる強度に応じたボルト類を使っております。強度区分って言ったっけ?
アクセサリー類を固定する程度なら大丈夫でしょうけど、「錆びにくいから」なんて安易にステンレスボルトに交換すると、使用する場所によってはかなりイタい目に合うことも。
強度が重要視されている場所でボルトが錆びて交換したくなったら同じ強度の純正新品ボルトにしてね。
あ、あとガルバニックコロージョン(異種金属接触腐食)にも注意が必要ですぞ。ステンレス(の部品)は錆びにくいけど、回りのスチール製の部品はより錆びやすくなるのでご注意を。
デスモドロミックにはロッカーアームに巻きばねが使われています。これはバルブをバルブシートに接地させる弱いばねだと世間的に言われていますが、ばねを調べてみると案外高い荷重がかかっています。
デスモドロミックはどちらかというと低回転側でメカロスが少ない機構で、高回転側ではメカロスが増えることが力学的にわかっています。
https://jfrmc.ganriki.net/zatu/pvs/pvs.htm
そのため巻きばねを利用してエネルギー回収しています。
ゴム紐のついたテニスボールを打つと自分に戻ってきますが、一人二役で打ち返したら2倍のエネルギーが必要ということですね。
それでも使われるのはサージングを起こさないメリットのほかに、商品企画的な理由(アイデンティティ)でしょうね。そんなドゥカティもいくつか新規のエンジンはバルブスプリングになってきました。
ちなみに私はメカメカしいのでデスモ大好きですが。