「バイク乗りは排気音を聴くとバイクの楽しさを連想するから良い音だと感じる」
という話を『バイクの排気音がうるさいと言われる原因』というページで書いたんですが、しかしながらバイク乗りならどんな排気音でも良い音だと感じるのかといえば違いますよね。
典型的なのがシングルやツインのドコドコ音が好きな人も居ればマルチのモーターみたいな音が好きな人も居ること。
これはバイクに乗らない人が騒音と捉える事から排気音を音圧(音量)で判断する一方、バイク乗りは良い音と捉える事から音色(音の形)を含めて判断しているから。踊れるダンスミュージックが好きと言ってもテクノが好きな人もいればレゲエが好きな人もいたりするのと一緒。
「そもそも音色(音の形)とはなんぞや」
という所から入る必要があると思うんですが、これが非常に難しい話で音響学いわく音には三大要素として
・音圧(音の大きさ)
・音域(音の高さ)
・音色(音の形)
があり音圧や音域はグラフで表せるものの、音色は複合的な要素から決まる心理要素なためグラフ化が難しい。
複合的な要素というのは例えば音の立ち上がり方や減衰、基音だけでなく倍音やその他周波数とのバランス、位相(反射音)などなど様々な要素で決まるのが音色。
だから音色は主観が基準で
「温かいor冷たい」
「鋭いor柔らかい」
「澄んでるor濁ってる」
など数字ではなく形容詞で表現される。
でもこの複合的な要素があるからこそ人は同じドレミファソラシドでも何の楽器の音か、バイク的に言うと単気筒や四気筒などの排気音を聴き分ける事が出来て好みが生まれるという話。
とはいえ難しすぎるのでここらへんはすっ飛ばして、メーカーが良い排気音を出すためにやっていることについて物凄く簡単に話をしたいと思います。
メーカーが行っている排気音つまり音色を良くするための創意工夫として一番分かりやすいのが周波数(音の高さ)の調律です。
例えばバイク乗りは力強さを感じる事から100Hz以下の低音を好む傾向があると言われており、メーカーの開発者たちは100Hz以下の周波数を強めたりしているんですが、ここでミソとなるのが
「単純にその周波数の音圧(音圧)を上げているわけではない」
という事。
何故なら単純に強める、つまり音圧を上げてしまうと騒音規制をオーバーしてしまうから・・・じゃあどうしているのか。
『狙った音域(周波数)以外を弱める』
という事をやってるんです。
こうしてバイク乗りが好む音色、ひいてはバイク乗りが好む排気音を作っている。
具体的にどういう手段を用いているのかというと象徴的なのが
『レゾネータ(共鳴器)』
というやつで、NC750を例に出すとサイレンサーでエンジンから来る排気(音源)を多段膨張室という広い部屋に導き全体の音圧を抑えつつ(薄めつつ)、レゾネータ室でそれでも下がらない特定の周波数だけを抑えるノイズ除去のような事をしている。
ただこのレゾネータはピンポイント消音というだけあり、径や体積がほんの少し変わるだけでノイズ除去どころかノイズ増幅装置となってしまい聴けたもんじゃない排気音になったりもする。
そんな紙一重の調整をメーカーの人たちは取り入れて排気音を作ってるんです。まさに調律といえますね。
ちなみにパンチング孔はピューという気流音を発生させないためにあります。
それ以外に良い音色のためにやっている事としては例えば膨張室式の部屋を減らすことで共鳴や籠もりを減らし歯切れを良くしたり、排気口の口径を大きくする事で低周波を強調させたりする手法。
あと面白いのがエキゾーストパイプの径や長さをシリンダー毎に意図的にバラバラにするクルーザー系に多い手法で、そうすると何が起こるのかというと
「トッ、トッ、トッ、トッ、」
と本来なら奏でるところを
「ト、ドッ、ト、ドッ」
と奏でたり
「ドト、ドト」
と点火タイミングとはまた違う起伏がある排気音を奏でるようになる。狙いはもちろん鼓動感のある音色にするため。
もしかすると今ひとつピンと来ない人も居るかも知れません。でもそんな人ですら絶対に分かる音色を魅力的にする手法というか機構が一つある・・・それは可変バルブです。
バイクで有名なHYPER VTECを例に上げると、低中回転時は2バルブ駆動する一方で高回転になると4バルブ駆動になる。これは管楽器において吹き方を変えることと同義なので周波数ひいては音色がガラッと変わります。
この音色変化が乗り手を非常に高揚させる事が分かっている。
「VTECがたまらないぜ」
と酔いしれているオーナーが二輪四輪問わず多い要因は実はバルブ切り替えによる性能アップよりもこの
『音色変化という心理的な要素(加速感)』
が大きいんです。
ちなみに開閉制御がある排気デバイスや圧によって切り替わる復路化された排気吐出口なども同じような効果がある。
直近のモデルでいえばCBR1000RR-Rが非常に分かりやすいんですが、あれの排気音が凄く良いと言われているのもアクラポビッチだからではなく大きな音色変化があるから。
低回転域では従来の複室式で幅広く消音しつつ、高回転になると排気バルブが開いてストレート吸音型からの排気音が加わる。
一昔前の社外マフラーに多かったこの吸音型は500Hz以上などの高周波を大きく消音出来るものの低周波は消せない。これが結果として低周波を更に強調する形となり大きな音色変化を生む。だから良い音だと感じる人が多いわけ。
もちろん排気音の評価では音圧(音量)も大事な要素と言われているんですが騒音規制がある以上それには限界がある。
だからこそこういった創意工夫で
『心理に強く働きかける高音質な音色』
を奏でるようメーカーの開発者たちは調律している。
2018年頃から排気音が良いモデルが増えてるのを実感している人も多いかと思いますが、それもクリアする事で手一杯だった騒音規制が世界基準化という実質的な緩和され余裕が生まれた事と、世界基準化によって音色開発に対するリソースの集中が可能になったから。
つまり良い排気音を奏でるモデルが近年増えたのは音を大きくする事が出来るようになったというより
「調律の幅が広がったから」
と表現したほうが正しい。
自動車業界全体が俗に言うモノからコト重視への転換で、商品価値を高める要素として排気音の重要度を上げて
『消音から美音の時代』
になった事も関係していると思われます。
しかしじゃあ排気系が担ってる1番の役割が良い音を奏でる事かといえば違いますよね。
ここが凄い所というか一番書きたかった所で、今こうやってザックリながら紹介した内容は
『排気に伴って出る音』
だけに絞った話。でも排気系が担ってる最も重要な役割は良い音を出す事じゃない。
『エンジンが出す排気ガスを上手く捌いて助ける』
というのが最も大事な役割。馬力や燃費といった走行性能に直結するからです。
そこで問題となるのが
「良い音を引き出す事と良い性能を引き出す事は必ずしも比例しない」
という事。
例えばエキゾーストパイプをとてつもなく長くすると凄く低音が効いた音になるもののスペースや重量やマスの集中化といった問題、それに背圧や脈動(管内の圧力)などでエンジンの足を引っ張ってしまう。
途中で話した可変バルブだって音色を変えるためにわざわざ採用しているわけじゃないのは分かりますよね。
・消音の問題
・圧の問題
・重さの問題
・スペースの問題
・耐久性の問題
・コストの問題
排気系には音色を作る前にクリアしないといけない問題がこれだけあり、我々が当たり前に聴いている排気音という音色というのはそれをクリアしたうえで奏でている音なんです。
だからそれほど良い音だと思えない排気音を奏でるモデルも正直あるし、満足してないオーナーも少なからず居ると思います。
でもじゃあ
「疲れたり耳障りだったりする音か、バイクにマッチしていない音か」
と聞かれればそうではないでしょう。
何故ならそれもメーカーがそう思わせないように調律した音色だからなんです。
つまり何が言いたいのかっていうと純正の排気音というのはメーカーの人達がとんでもない手間と時間をかけて開発した
「実用的かつ官能的なハイスペック管楽器の音」
という事。だから開発でも一番モメる部分だったりするんだとか。