自然吸気も過給している ~慣性吸気と吸気脈動~

自然吸気の過給

排気量が大きいほうがパワーがある事からも分かるようにパワーを出すのに最も大事となるのが吸気の量。

「どれだけ多くの空気(混合気)を吸えるか」

がパワーに直結します。

そのためターボやスーパーチャージャーなど予め圧縮した空気を吸わせる事でパワーを出すいわゆる『過給装置』が生まれました。

スーパーチャージャー

しかし実は過給というのは何もターボやスーパーチャージャーだけの専売特許ではなく自然吸気(Naturally Aspirated 通称NA)でも行われています。

その名も

『慣性過給』

というやつです。

ややこしくなるので以下すべて空気で通していきます。

そもそもエンジンがどうやって空気を吸うかというと、ピストンが下がる事によって生まれる負圧から。

負圧が音速で吸気管を遡りエアクリーナーという大気圧の部屋まで伝播することで空気が引っ張られる様に流れ込んでくる。

吸気の負圧波

しかしだからとってすぐに吸われて満たされるわけじゃない。何故なら空気は伸縮する上に重さがあるから。

一気に最大船速でシリンダーに流れ込むわけではなく引っ張られて伸びながら徐々にスピードを上げつつ流れ込んでくるわけです。

吸気フロー

そのためエンジンが

「180度(吸気終了)だから圧縮に入るよ」

といってキッチリ180度で吸気ポートをピシャリと閉めると間に合わず入り損なってしまう空気が出てくるわけです。

吸気フロー2

この状態では充填率は80%ほどで大気圧以下つまり負圧状態。

最初に言ったようにどれだけ多くの空気を吸えるかが大事なエンジンにとってこれは非常に勿体無いですよね。

じゃあその猛スピードで雪崩込もうとしている空気を最大限取り入れよう思ったらどうすればいいか・・・180度を超えても吸気バルブを開けておけばいい。

吸気フロー3

こうすれば猛スピードで来ている空気も最大限詰め込む事ができる。

「それだけで100%以上の空気を詰め込める過給(大気圧以上)になるとは思えない」

と考えるかも知れませんが、ごもっともな話でそこがこのページのミソ。この慣性力(勢い)で詰め込む事を慣性過給と言われていたりしますが違います。

一番最初に解説した様にピストンの負圧によって負圧波が発生するんですが、その負圧波が大気圧つまりエアクリーナーボックスまで達すると今度は正圧波と呼ばれる圧力波が発生します。

圧力波

この正圧波はいま負圧波が来た道を逆行するように吸気ポートに向かいます。

正負とあるように空気を引っ張ってくるのが負圧波なら反対である正圧波は・・・ピンと来た人も居るでしょう。

吸気フロー4

空気を押し込むんですね。正確に言うと吸気管内の圧力を高める。

こうして吸気管内の圧力が燃焼室よりも高くなることで空気が圧力の低い方(燃焼室)に雪崩れ込む形となり充填率が場合によっては120%を超える。

これが慣性吸気またの名を

『慣性過給』

といいます。

「じゃあなんでターボと馬力がぜんぜん違うの」

という痛い所を突かれると、これには問題があるから。

重ねて言いますがこの圧力波というのは音速です。

圧力波

つまり往復する速度は時速1225km/hと決まっている。

じゃあ吸気バルブの開閉周期はどれくらいか。

「そんなのエンジン回転数次第じゃん」

という話ですよね。

圧力波とバルブタイミング

これが問題。

つまりこの慣性過給を全域で起こす事は出来ない。

正圧波とバルブタイミング(バルブが閉まる寸前)をベストマッチさせて初めて起こせる過給だから『ここぞ』という狙った回転数でのみ有効なんです。

じゃあそのタイミング合わせは何処で取っているのかというとインテーク、最初に話してきた吸気管の長さです。

吸気管の長さと太さ

長ければそれだけ往復に時間が掛かるし、短いとすぐに返ってくる。

本当はバルブも大きく関係しているんだけどますます難しくなるので割愛します。

吸気管の長さ

ちなみにスクーターなど低中域が大事なバイクほど吸気管は長く、SSなど高回転型になるほど短くなっているのが一般的です。

これは前に話した社外マフラーの話と同じで、低中速では流速(流れる速さ)が、高速では流量(流れる量)が大事だから。

吸気管というのは空気にとって加速ゾーンみたいなもの。

だから長くすればゆっくり吸っても(低回転)でもビュンビュン来てくれる。でも思いっきり吸う高回転になると量が足りなさ過ぎてパワーが出ない。

反対に短いと高回転時はグングン吸えるけど、低回転域では弱いので空気が来てくれずパワーが出ない。

マニホールドの長さ

よく別のエンジンを積んだバイクで

「中低速寄りにしました」

とか言っているのはここを絞ったり長くしたりしている事が大半。一昔前にあった逆輸入車デチューンの国内仕様などもそうですね。

もっというとヤマハなどが採用している可変エアファンネルも

「凄く短く(高回転寄りに)したいけど低回転で吸えなくなる」

という問題から生まれた技術。

加速ゾーン

2ピースにして低速時は連結されて長い吸気管にしつつ、高回転になるとパカっと開いて短い吸気管にという話。

スズキやカワサキが採用している変な形をしたファンネル(インテーク)も同じ狙いです。

S-DSI

なんだか話が脱線し始めたのでまとめると・・・

過給器が付いていない自然吸気エンジンでも過給とは無縁ではなく慣性による過給が起こっている。そしてそれを活かすようにメーカーは設計を行っているという事。

是非ともトルクピークまで回して慣性過給を体感してみてください。

以上が自然吸気でも過給が行われているという話でした・・・って

『吸気脈動』

についての話をしていませんでしたね。

・圧力波が反転し正圧波となって吸気ポートに向かっていくことで過給が起こる

・バルブの開閉はエンジン回転数に依存するので常にタイミングを合わせる事は出来ない

という話でしたが

「じゃあタイミングが合ってなかったらどうなるの」

というと正圧波が向かって行った時に吸気ポートが閉まっていると行き場がないので反射して帰ります。

正圧波の反射

帰っていった先に何があるかといえば負から正へ反転するポイントである大気圧のエアクリーナーボックスですよね。

つまりこうなる。

負圧波への反転

再び負圧波に転身し吸気ポートに向かうんです。

そして吸気ポートが閉まっていたらまた跳ね返ってエアクリーナーまで戻り、再び正圧波として吸気ポートに向かう。これは何度も力を弱めつつも脈のように続きます。

そんな繰り返される二次三次の圧力波(またはそれを利用する事)を『吸気脈動』と言います・・・が、この吸気脈動は少し厄介な問題があります。

負圧波との合致

それは負圧波がドンピシャで吸気ポートと合ってしまった時。

こうなるとどうなるか・・・分かりますよね。

せっかく充填されつつあった空気を引っ張り出す様な働きをしてしまうんです。

トルクの谷の正体

従来の吸気の働きとは真逆の事をしてしまう。

こんな事をされると当然ながらパワーが出ない。

世間でよく言われている

『トルクの谷』

と呼ばれる一時的なトルクの落ち込みの主な原因はこの吸気脈動の負圧波が重なってしまう事から。

基本的にレゾネーター等でそうならないように消したりしているんですけどね。

吸気の仕組み

慣性過給かトルクの谷か、そのどちらかを起こす諸刃の剣のようなのが吸気脈動。

ちなみにこの吸気脈動というか圧力波は感じ取ることが出来ますし、なにより大好きな人も多いと思います。

あの”クォーン”と響く吸気音。それの正体(音源)はコイツなんです。

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