今ではすっかり見なくなった5バルブ。
あれこれ語る前に5バルブが分からない人に簡単に説明すると、エンジン(燃焼室)の扉が
【吸気2:排気2】
ではなく
【吸気3:排気2】
になっているのを5バルブといいます。
こうすることでカーテン面積(吸気面積)を多く稼げる事による混合気の充填効率の向上。さらにバルブの一本あたりの重さ軽く出来る事からの高回転化。
要するに
『4バルブよりパワーを稼げる』
というのが5バルブのメリット・・・というより大名目でした。
そしてこの大名目のせいで様々な誤解が生まれた。
バイクではヤマハの専売特許の様なメカニズムだったのでヤマハの歴史と見解を元に書いていきます。
ヤマハと5バルブの歴史をこれまたサラッとおさらいすると、WGPマシン用にマルチバルブ化が検討されたのが始まりで最初は7バルブなどの選択肢もありました。
それで紆余曲折あってFZ750という市販車(レース兼用)で5バルブとして花咲いたわけです。
詳しくは>>FZ750の系譜をどうぞ
そこから歴史を積み重ね、遂にはMotoGPマシンのYZR-M1/0WM1等にも採用される様になり
「ヤマハといえば5バルブ」
という認識が広まりました。
しかし2年後の2004年YZR-M1/0WP3から4バルブに変更。そしてそれに合わせるように2007年にはYZF-R1/4C8も4バルブ化。
このフラッグシップモデルの相次ぐ5バルブ取りやめ、そして他のメーカーも5バルブを採用しない事から
「5バルブは駄目だった」
という認識というか誤解が生まれました。
断っておきますが5バルブは駄目な技術ではありません。
ちまたではフリクションロスが増えるからとか色々と言われていますが、少なくともヤマハが5バルブをヤメた理由は違う。
M1のエンジンを担当されていた北川さん曰く
「セッティングが追いつかなかった」
というのが一番の理由だったそう。
MotoGPというのはコース毎にエンジンマップを幾つも用意して現地テストで擦り合わせていく作業が必要になる。その際に5バルブだとその作業量が4バルブの比ではなくなるんです。
これは簡単な話、4バルブなら左右対称つまり真っ二つになるよう擦り合わせればいいところを、5バルブは綺麗に2で割れず三等分する必要があるから。
「お手玉を2つでやるか3つでやるかほど違う」
と例えられていました。
何がそんなに三等分するのが難しいのかと言えばもちろん吸気(混合気)の流れ。
効率よく吸気して効率よく燃焼をする為には、混合気の渦の流れがとっても大事になります。
スワール渦とかタンブル渦とか聞いたことがある人も多いと思いますが、パワーを出す(充填効率を上げる)にはその渦が綺麗に出来るようにしないといけない。
そうなった時に吸気バルブが一本多い5バルブというのはその渦を綺麗に描かせる難易度が跳ね上がるんです。
その最もたる原因は真ん中の吸入。
真ん中の吸気が左右対称で返ってくる渦とぶつかって乱してしまう問題が発生する。
渦を乱してしまうと当然ながら充填効率が悪くなりパワーも落ちてしまう。
この乱流ロスというのは回転数が高くなるほどそれだけロスも増える。
そうすると5バルブの大名目であった
『吸気通路面積増加による出力向上』
よりも
『乱流による出力損失』
が上回ってしまうわけです。
ヤマハがM1で5バルブをヤメたのはこのロスを解消する”時間”が足りなかったからというわけ。
「5バルブ駄目じゃん」
とここまでだとダメダメな技術と思ってしまいますが実はそうでもない。
これらは下から20000rpm近くまで完璧に吹け上がるエンジンを限られた時間で作る必要があったレースでの話。
5バルブにもちゃんとメリットはあります。しかもそれはレースといった無縁のものではく一般ライダーにとって非常にありがたいもの。
5バルブは本来なら二等分するバルブ面積を三等分している。という事は二等分する4バルブより一本あたりの径が小さい。
すると何が起こるかと言うと・・・強く吸えない中低速域での吸気効率が上がるんです。
簡単な話、細いストロー効果で弱い負圧でもグングン吸ってグングン渦を造ってくれる。
それはつまり普段遣いに何より必要な低速トルクが稼げるということ。
5バルブという童心をくすぐるメカニズムであることからブンブン回して
「5バルブでパワーが凄いぜ」
と言われたり思われたりする5バルブですが、実は5バルブの一番のメリットはそこじゃない。
『5バルブなんて全く意識しない当たり前な日常の中』
にこそ5バルブのメリットはあったんです。
逆に言うと
「だから市販車でも採用されなくなった」
とも言えるわけですけどね。
4バルブなら誰もが気にする最高出力を5バルブより安く容易に上げる事が出来るわけですから。