ビッグバンエンジン、同爆エンジンという言葉を聞いたことが有ると思います。
今でこそ同義語として広まっていますが最初は違ったのでそこら辺を含め長々と書いていきます。
これは半世紀以上の歴史を持っていた2st四気筒500ccのトップレースWGP500(現MotoGP)で広まった用語です。
同爆というのは文字通り二気筒を同時に点火する事。
スズキのスクエア4でいえば1番と3番、2番と4番が同時に点火する事で、ヤマハも取り入れていました。
しかしここで注意しなくてはいけないのは同爆がメジャーだったWGP500というのは360°で完了する2ストロークだという事。
つまり一般的な4st直列四気筒と同じ等間隔で、叫び声の様に伸びていくスクリーマーエンジンなわけです。
4stがメジャーになった現代では
『同爆=ビッグバン』
という認識になっているようですが。
ちなみにこれは4st直列四気筒だったZX-RRのビッグバンエンジン。
じゃあ
「本来のビッグバンって何」
って話ですが、ビッグバンエンジンを最初に生み出したのはホンダなのでホンダを主体に進めます。
その頃のホンダはV4だったのですが同爆は採用しておらず点火タイミングは90度間隔でした。
フェラーリなどのV8と同じく超スクリーマーエンジン。
アクセルを捻れば間髪入れずロケットの様に加速するモーターのようなエンジンだった・・・
・・・だったんですが、実はホンダは問題を抱えていた。
年々上がっていくパワー(180馬力オーバー)にタイヤが耐えきれずスリップを起こしやすくなっていたんです。
しかもそれはあろうことか180°等間隔の同爆エンジンを積んでいたヤマハやスズキよりも顕著だった。
そこでホンダは
「エンジンに原因があるんじゃないか」
となった。
という事で翌年の1990年はヤマハやスズキと同じ同爆(180°等間隔)にしたNSR500を投入・・・すると狙い通り問題が改善。
ここで
「出力特性を見直せばスリップしない」
という事に気付いたわけです。
※正確に言うとそう訴えてきたHRC監督の吉村さんが正しい事が証明された。
Racers, Vol. 27: Rothmans NSR, Part 3より
そうして誕生したのがWGP500晩年において圧倒的な速さを誇ったエンジン。
『ビッグバンエンジン』
です。
同爆だけでなく不等間隔位相同爆(近接同爆)になっているのが本来のビッグバン。
ちなみに何故ビッグバンエンジンというのかというと、等間隔ではない事からくる低音が聞いた排気音を海外メディアの記者が
「まるでビッグバンみたいなエンジン音だ」
と称した事から。
しかしながら何故これほど極端な近接にしたのかというとビッグバンエンジンが生まれる3年前の1989年の八耐。
今ひとつNSR500に乗れてなかったレーサーのドゥーハンを招集し4stのRVFに乗せたら凄く速かった。
これがビッグバンエンジンを生み出すヒントになったんです。
理由はザックリ言って主に二つ。
一つはVFRの方で話したと思いますが、RVFのV4/360°クランクはタイヤに優しい出力特性だったから。
タイヤを落ち着かせる間隔が大きいからグリップが稼げてスリップに強い。
誰もがタイヤが滑ったら無意識にパッとアクセルを戻すと思うんですが、それを物凄い速さでやってる様な感じです。
そしてもう一つはトルク変動が分かりやすいから。
これ難しい話なんですが、早い話がタイヤと同じ様にライダーにも余裕が生まれるということ。
RVFなら
『トントン、ト、ト、ト、ト』
と上がっていくけど90°等間隔のNSR500は
『ト…トン…トトトトトトン』
と上がり出したら凄い速さ(間隔)だから狙った所に持っていくのが難しい。これがスリップを招く。
この『タイヤいたわりゾーン』と『緩やかなトルク変動』を得るためにあんな極端な近接にした。
つまりビッグバンエンジンというのは・・・
「4stの様な扱いやすさを持ったエンジン」
という事なんです。
それを武器にドゥーハンは怪我が完治した94年からWGP500を三連覇しました。
ここで少し補足しておくと
「でもドゥーハンは97年からスクリーマーを選んだじゃん」
と当時のWGP500を知っている人は思うでしょう。
実はドゥーハンはスリップをも武器にするテクニックと電子制御の進歩でスクリーマーでもビッグバンと変わらないタイムで走れるようになっていた。
だから”敢えて”同爆スクリーマー(180°等間隔)を唯一選んだ。
これは追随するようにビッグバン(位相同爆)一色となったライバルたちに
「やっぱりスクリーマーの方が良いのでは」
と心理戦を仕掛けるのが狙いだったそう。
現代のクロスプレーンやV4と同じく
「音は濁ってて遅そうなのに何故か速い」
というビッグバンの特徴を逆手に取ったわけです。
最晩年こそ電制の進歩でピークパワーが稼げる同爆スクリーマーが再び主体となりましたが、この技術革新は4stとなった現代のMotoGPでも応用されています。
それにしてもWGP500という半世紀以上の歴史を持つ2st最高峰レースで生まれた最後の革新技術が
「4stの様な2st」
というのは何とも面白い話ですね。