クロスプレーン(不等間隔燃焼)だと何が良いのか

クロスプレーンクランクシャフト

市販直四で初めて不等間隔燃焼のバイクとして登場したYZF-R1によって一気に知名度が上がったクロスプレーンと不等間隔燃焼。

サイトで「クロスプレーン凄い」「不等間隔燃焼は有利」とか言ってましたが、何が良いのか説明をサボっていたので、いい加減ヘンな例えを交えつつザックリ説明しようと思います。

ちなみに大前提としてクランクを知っておかないといけません。

ヤマハPAS

クランクというのはこれ。上下運動を回転運動に変える棒です。

そしてそれが分かったら次はクランク角。

まあ要するにクランク角というのは次のピストンの点火タイミングが何度ズレてるかってことです。

頂点を0°として

吸気(180°)

圧縮(360°)

燃焼(540°)

排気(720°)

というクランク2回転で1サイクル(下上下上の二往復)となっています。

横から見るとこういう構造になってます。

ピストン

クランク角というのはこのクルクル回るピストンが一番上(点火)にあるとき、次のピストンが何度にあるかを表す数字です。

並列二気筒が分かりやすいので見てみましょう。

どんなクランク角になってるのかといえばNinja250やYZF-R25等の180°クランクが一般的ですね。

YZF-R25

180度の角度差が付いているということは左右それぞれのピストンの往復運動が綺麗に反対になるということです。

割ってみるとこういう感じ。

180度

こうすると何が良いのかというと、上下運動によって生まれる大きな振動を相手方が逆の動きをする事で打ち消す事が出来る。

つまり高回転まで回せるエンジンというわけで、実はコレも不等間隔燃焼。

だって0°と180°でどっちも点火しちゃって残りの540°は燃焼しないわけですから。

なんだか点火タイミングのバランスが悪い感じがしますか。

では二気筒を均等に燃焼させようとしたら・・・720÷2だから360°ですね。ところが360°にすると

 【一番|二番】

吸気(180度)|燃焼(540度)
※両方のピストンが下

       ↓

圧縮(360度)|排気(720度)
※両方のピストンが上

       ↓

燃焼(540度)|吸気(180度)
※両方のピストンが下

       ↓

排気(720度)|圧縮(360度)
※両方のピストンが上

こうなってしまいます。見難かったらゴメンナサイ。

これでは左右のピストンが同じ上下運動をしてしまうため、上下運動によって生まれる振動が相殺どころか二倍になってしまい高回転まで回す事が出来ない。

クランクアングル

そのため今では180°がメジャーになり、等間隔燃焼をする360°はクラシックなモデルのみになりました。

W800

二気筒については「二気筒エンジンが七変化した理由-クランク角について」をどうぞ。

では直四ではどうかというと、一般的に全て180°(フラットプレーン)の等間隔燃焼です。

180度クランク

先ほど紹介した180°クランク二気筒を二つ並べた形でピストンの動きも左右対称。

180°クランク二気筒×2なので180°毎という綺麗で整った点火タイミングになります。

180度直四点火タイミング

1-2-4-3-1(若しくは1-3-4-2-1)…..の180°毎の点火で、吹け上がりがモーターの様に澄んでいるはコレが理由。

「コレ理想じゃん・・・」

って思いますよね。

じゃあYZF-R1で初めて採用された直四の不等間隔燃焼はどうなっているのかというと0-270-450-540となっています。

クロスプレーン4

注目して欲しいのは1番が燃焼した後、次が180°を通り越して270°まで点火タイミングがズレていること。

これが不等間隔燃焼のメリット。ちなみにVFRなどの180°クランクV4もこれと同じ。

「何故それがメリットになるのか?」

って話ですが、例えばバイクまたは車でもいいのですがコーナーを気持よく曲がっていたとします。

しかし突然リアタイヤがグリップを少し失いチョットだけお尻が滑り出しました・・・そうしたら恐らく誰もがアクセルを戻してタイヤを落ち着かせようとするはずです。そうすればグリップが回復しますもんね。

リアスライド

構わずアクセル開けてたらこんなことになってしまう。雨の日や雪道などのスリップも同じ。

アクセルを戻して同じようにタイヤを落ち着かせグリップを回復させてから再度アクセルで加速すると思います。

不等間隔燃焼のメリットはこれと同じなんです。

タイヤというのは常にグリップしていると思われるかもしれませんがそんなことはなく、乗り手でも感じ取れないレベルでスリップしています。そこに効いてくるのが上で紹介した270°という少し間の空いた点火タイミング。

トラクションに理あり

要するに乗り手にも分からないレベルのスリップを、乗り手にも分からないレベルの速さで落ち着けているというわけ。

トラクションが優れると言われている所以はここにある・・・と言われていますが

「これは不等間隔燃焼のメリットでありクロスプレーンのメリットではありません」

クロスプレーンのメリットは別にあります。

初めてクロスプレーンを採用したYAMAHAのMotoGPマシンを担当された北川さんも

「クロスプレーンの狙いは不等間隔燃焼じゃない」

と断言しています。

不等間隔燃焼によるトラクション向上はあくまでも副産物とも。

インタビュー記事:RACERS14 YZRーM1|Amazon

じゃあクロスプレーンのメリットは何かというと

トルク発生要素

「慣性トルクを減らすことによるトルクコントロールの向上」

・・・と言われても分からないと思うのでもっと簡単に説明します。

そもそもグルグル回っているエンジンのクランクというのは常に一定の速度で一回転しているわけではなく、一回転する間にも速度が微妙に変わっています。

トルク変動

これを回転変動と言います。要するに回転ムラですね。

なぜ回転にムラが出てしまうのか一言で説明すると

「クランクは回転運動なのにピストンは上下運動だから」

で、そのためにクランクは一回転する間にもピストンの影響で『速い』『遅い』を二回繰り返しています。

クランク速度

要するに早いゾーンと遅いゾーンがあるわけです。

ここで180°クランクを思い出してください。180°クランクというのは横から見るとピストンはこんな感じ。

180四気筒

分かりやすくするために少しズラしていますが、クランクに対してピストンが上に2本、下に2本と180°毎に付いているわけです。

つまりクランクの早い遅いゾーンに当てはめるとこうなる。

回転変動

両方とも同じゾーンに入ってしまうわけです。

四気筒(ピストンが四つ)なのでクランクの回転変動の大きさも四倍にまで膨れ上がる。

「じゃあこの回転ムラがどう作用するのか」

というと実はこれも”トルク”なんです。

ガソリンを燃やしてクランクを回す力、マシンを前に進めようとする力と同じトルクで”慣性トルク”と言います。

クロスプレーン四気筒

それに対してクロスプレーンはどうなっているかと言うと上下左右に一つずつ、ピストンが90°毎に付いている。

クランク比較

クランクだけを横から見るとこんな感じです。

だからクロスというんですが、クロスで回るとクランクから見てこうなる。

クロスプレーン回転変動

遅いゾーンに2本が入ったらもう2本は加速ゾーンに入る。反対もまた然り。

つまり回転変動が相殺されて起きないわけであり、慣性トルクが発生しないというわけです。

「慣性でもトルクはトルクなんだからあったほうが良いのでは」

とも思うわけですが、この慣性トルクというのはガソリンを燃やして生み出す燃焼トルクとは違い、アクセルを開けようが閉めようがエンジン(クランク)が回っている限り発生するコントロールできないトルクなんです。

シングルプレーントルク

だからこのように入力以上のトルクが出たり、入力したよりトルクが出なかったりする波がどうしても生まれてしまう。

それに対してクロスプレーンの場合はこう。

クロスプレーントルク

常に一定で入力したら入力した分だけ、開けたら開けた分だけ正確にトルクが出て大きく振れる事がない。

そして入力に対するトルクの出方に波が小さいということは限界が分かりやすく、また限界までアクセルを詰める事が出来るというわけ。

限界ライン

バレンティーノ・ロッシ選手が2004年にクロスプレーン型YZR-M1に乗った際に

「Sweet」

と言った言葉の意味は、この回転変動から来るトルク差(トルクの波)の小ささを表現したわけです。

スウィートロッシ

ちなみにロッシに限らずレーサーに言わせるとクロスプレーンは”とても乗り易い”そうです。

まとめると直四のクロスプレーンというのは

「MotoGPから生まれた正確無比なトルクを生み出すエンジン」

といった所かと。

【クロスプレーン(不等間隔燃焼)のデメリット】

このままではただのYZF-R1/MT-10の販促記事で終わってしまうのでデメリットも紹介したいと思います。

まず間違いなくデメリットだと言えるのは振動。

クロスプレーンの振動

フラットプレーンのピストンが左右対称に動くのに対し、クロスプレーンは左右非対称に動くのでエンジンを揺すり動かす偶力振動(左右に揺れる振動)が発生します。

CP4バランサー

そのため振動を消すためのバランサーが必須で、スペースの問題と出力が犠牲になりパワーを稼ぎにくい点があります。

次に点火タイミングが

【0-270-450-540-720】

と2番のあとすぐ4番と大きく偏っている事から、吸気干渉(吸気の取り合い)と排気脈動(掃気・吹き返し)という問題があります。

09R1クロスプレーン

これもパワーを稼ぎにくい要因の一つなんですが、ユーザーとして分かりやすく現れるのは低域において掃気がダブついて熱が籠もりやすい事と、燃料を多く吹いて冷まそうとする事による燃費の悪化かと。

そして最後はタイヤが暖まりにくいという事。

「トラクションが優れる不等間隔燃焼なのに何故」

と思うところですが、回転変動によるトルクの波は行き過ぎるとスリップの原因になるものの、そうでない場合はタイヤを温める良い摩擦なんです。

タイヤの摩耗

つまりクロスプレーンはこの摩擦が無いからタイヤを温めるのが苦手というわけ。

まあこれはタイヤへの負担が減ってライフが伸びるわけでもあるので捉え方によってはメリットですけどね。

「クロスプレーン(不等間隔燃焼)だと何が良いのか」への5件のフィードバック

  1. めっちゃ面白かった 
    私は車では少し理解しているつもりですが、バイクに色んなクランク角がある理由がわかりました

  2. めちゃくちゃ面白かった
    自動車・バイク業界はこの脈々と受け継がれてきた技術の結晶を捨ててモーターに移行しようなんてよくできるな
    技術者は泣いているんじゃないでしょうか

  3. 少し説明が足りない気がします。

    クランクの回転が一定と考えた場合、ピストンの上下動はコンロッドが傾く分だけ正規のSIN(COS)関数からずれが生じます。
    ピストンの上下動自体が位置の変化で加速度aとなり上下運動部の質量mによりクランクの回転自体を変動させようとします。
    (F=maですね。角加速度での表示の方が正確ですが…)

    ときどき雑誌等で上死点や下死点でピストンが止まるから振動が出るなどという間違った記述もありますが…(笑)

    レシプロ式コンプレッサや冷凍機等でコンロッドの傾きをキャンセルする無振動クランクなるものもありますが、燃焼圧力を生み出すエンジンでは複雑な機構は重く壊れやすいため用いられていませんし。

    4気筒だと回転2次振動を消そうとすると、クランクの2倍の回転で2本のバランサシャフトを回すメカロスが大きいですが、クロスプレーンで同回転の一時偶力バランサを回す方がロスが少ない気がします。ただ吸排気干渉による出力低下もあるのでどちらが良いのやら。

    1. 偏心クランクとかは、燃焼時はいいですけど、圧縮の時に応力横に逃げそうですし

      お買い物車とかだとなんか良さげですけど
      3000回転以上向かないようなイメージ

  4. 車からやってきました!
    面白かったです!

    80年代90年代の車のシリーズ噴射と点火が気になり、ダッヂバイパーの話から入りたくて、色々と確認するどころか、これは為になりました!

    回転が上がり続けていく時に、同じ燃料と点火時期だと、足を引っ張るよなぁ?v12

    なんて考えながらだったのですが、トルクの変動を抑えるとは、これはなるほどと思いました。

    その辺クリアすれば、四つ輪のマシンでも高回転狙えますけど、確かに下
    スッカスカになりますねw

    回転することに爆発を使うロータリーも、基本極々下がありませんが、変動トルクも考えると納得ができます!

    加速するためのピストン配列というか

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