「Multirole fighter of the Motorcycle」
MT-09のフルモデルチェンジから半年ほどとなる2021年6月に発表されたTRACER900改めTRACER9GT/BAP型。
最初に変更点をあげるとMT-09の紹介とかぶる部分もありますが
・ストロークを上げて888ccとなった新設計エンジン
・スピンフォージドホイール
・MT-09と同じく新設計アルミダイキャストフレーム
・積載およびタンデムを考え新設計された専用リアフレーム
・MT-09と同様の6軸IMUによる電子制御
(車体姿勢計測型のABS/トラコン/ウィリー制御/スライドコントロール/ブレーキコントロール)
・フルLED&コーナリングランプ
・2モードKADS(KYB製電子制御サスペンション)
・アップ/ダウン対応クイックシフター
・ラジアルマスターシリンダー
・コーナリングランプ搭載の新スタイリング(アローシルエット)
・ダンパー内蔵のサイドケースステー
・3.5インチフルカラーデュアルTFTメーター
・10段階のハンドルウォーマー
・10段階(5mm間隔)可変のウィンドスクリーン
・シート高を先代比-40mmし足つき性を向上
・先代GTと同じくMT-09より60mm長いスイングアーム
・ハンドルガードの小型化
などとなっています。
特筆すべき変更点としては、アップ/ダウン対応クイックシフターや電子制御6軸IMUによるフル電子制御もですが、目玉はやっぱりKYBが開発した二輪初となる
『KADS(KYB Actimatic Damper System)』
という電子制御サスペンション。
遂にKYBも電サスの投入となったわけですが、後発なだけあり最初から即応性に優れるソレノイドバルブ駆動による1/1000秒単位で制御可能なレーシングスペックモノ。
加えて面白いのがプリロードアジャスターへのアクセス。
なんと電子制御サスペンションなのにそのまま弄れるようになっている。
ブーツを外してカプラー外してやっとアクセスという電子制御ゆえの煩わしさが無いレイアウトになっているんですね。色んなシチュエーションが想定されるTRACER9GTにとっては尚のこと嬉しい配慮。
そしてもう一つ特筆すべきなのが大きく変わった見た目からも分かる通り、コーナリング中にイン側を照らしてくれるコーナリングランプが付いたこと。
顔に見えるシグネチャーランプ部分がその部分で、前照灯のロービームはその下の小さいライト。ちなみにその反対側がハイビームになっています。
MT-09とYZF-R1のハイブリッドみたいな感じですね。
補足しておくと、近年ツアラーやマルチパーパスに採用が進んでいる有ると無いでは大違いのコーナリングライトですが、これが出始めたのは自動車基準調和世界フォーラム通称WP29、要するに国連が2013年にバイクに装備する事を許可したから。
そしてドンドン採用されて、トレーサーにも八年越しで採用となったわけですが、ちょっと遅かったですね。ここまで遅れてしまったのはコーナリングライトの許可条件が関係しています。
コーナリングライトを装備するにあってクルマがハンドルの切れ角に応じて照射する用になっているのに対し、バイクはそうではなく
『バンク角に応じて照射する方式のみ許可』
という条件が設けられた。つまりIMU(慣性計測装置)を付けないとコーナリングライトを付けられないわけで、そのせいで採用がなかなか簡単にはいかなかったという話。
逆に言うとTRACER9GTを始めとしたマルチパーパスがIMUを率先して搭載している狙いは電子制御による車体コントロールだけでなく、このコーナリングライトを付けるためでもあるんですね。
話を戻すと、トレーサーはもともとMT-09TRACERとして登場し、TRACER900/GTになり、そして今回TRACER9GTとなったわけですが
「何故こうまで名前を何度も変えるのか」
という疑問をお持ちの人も多いかと。調べたところ、ちゃんと狙いというか開発された方々の思いがありました。
失礼ながら要約すると
「MT-09の派生モデルとして見てほしくない」
という話。
実際TRACERは二代目でベースのMT-09とは少し距離を置くような立ち位置になって、違う層へ人気が出ました。その事を名前でも明確にする狙い。
しかし個人的にはトレーサーでもう一度名前を変えるというのは、かなりの勇気というか攻めの姿勢だなと思います。
というのも、このモデルを優先して書いている理由でもあるんですが、どうもバイク屋で聞いているとトレーサーからの買い替え・・・要するに先代から新型に乗り換える人が他のモデルより多いんだそうです。
傑作と名高いCP3エンジンで元気なパワーを持ちつつも、マルチパーパスとしては車体も絞られていて乗りやすいモタードツアラーという唯一無二の存在というの大きいとは思うんですが、もっとシンプルなところでいうと、リピーターを生む最も大事な要素は言うまでもなく
「高い満足度を与える」
という事に尽きる。つまりトレーサー買ってよかったと思ってる人が多いわけですね。なんかもうこれだけで疑いようのない名車と言えるのでないかと。
でもだからこそ攻めの姿勢だなと思うわけです。既に高い評価を得ているということは逆に言うと、モデルチェンジでは既にかなり高いハードルがあるとも言える。
にも関わらずいくらフルモデルチェンジとはいえ名前を改めるという自ら更にハードルを上げるような事をしたのは、そんなリピーターすら満足させるほどの進化をさせたという自信の現われとしか。
車体価格を上げてでもトップエンドに近い最新装備を積んでいる事からもその意気込みが分かる・・・と言いたい所ですが、テクニカルレビューでプロジェクトリーダーの北村さんが実にカッコよく、実にヤマハらしい事を仰っていました。
「電子制御や新技術などが注目されやすいが、開発で大切にした事は乗るたび使うたびに悦びを感じてもらえる官能評価。」
装備や技術はすべて官能のため。人機官能マルチロールファイターここにありですね。
主要諸元
全長/幅/高 | 2175/885/1430mm |
シート高 | 810~825mm |
車軸距離 | 1500mm |
車体重量 | 220kg(装) |
燃料消費率 | 20.4m/L ※WMTCモード値 |
燃料容量 | 18.0L |
エンジン | 水冷4サイクルDOHC三気筒 |
総排気量 | 888cc |
最高出力 | 120ps/10,000rpm |
最高トルク | 9.5kg-m/7000rpm |
変速機 | 常時噛合式6速リターン |
タイヤサイズ | 前120/70ZR17(58W) 後180/55ZR17(73W) |
バッテリー | YTZ10S |
プラグ ※2つの場合は手前が、3つの場合は中央が標準熱価 |
CPR9EA-9 |
推奨オイル | ヤマルーブ プレミアム/スポーツ/スタンダードプラス |
オイル容量 ※ゲージ確認を忘れずに |
全容量3.5L 交換時2.8L フィルター交換時3.2L |
スプロケ | 前16|リア45 |
チェーン | サイズ525|リンク118 |
車体価格 | 1,320,000円(税別) |