フレーム屋に立ち返ったbimota -2000年代~現在-

もう駄目かと思われたbimotaでしたが、イタリアの資産家であるロベルト・コミーニという方が丸ごと買収する事で2003年に復活。 去ってしまったマルコーニの代わりに指揮を取ることになったのは500-Vのデザイナーだったロ … 続きを読む フレーム屋に立ち返ったbimota -2000年代~現在-

意欲が招いた倒産 -1990年代-

dbシリーズやybシリーズなどマルティーニの手腕によりbimotaは支持層を広げ順調に事業を拡大していきました。 しかしそんなマルティーニも1989年にジレラへとヘッドハンティング。小さい会社の宿命ですね。 その後を継ぎ … 続きを読む 意欲が招いた倒産 -1990年代-

塗り変えたマルティーニ -1980年代後半-

メーカーの顔であり大黒柱だったタンブリーニが居なくなった事で社内の士気は下がり、また売上も右肩下がりで経営危機に。 そんな状況を打破するため1983年に抜擢されたのが、当時ドゥカティでエンジニアとして働いていたフェデリコ … 続きを読む 塗り変えたマルティーニ -1980年代後半-

タンブリーニの離脱 -1980年代前半-

bimotaはそのフレーム技術の高さから市販車だけでなくレースでも活躍していました。 PATON社のDOHC二気筒用のフレームや、アエルマッキHD500といった完成車メーカーのワークスマシンのフレームまで手掛け、世界GP … 続きを読む タンブリーニの離脱 -1980年代前半-

悲願だった初の市販車 -1970年代-

そもそも何故bimotaのフレームを欲しがる人が多かったのかというと、CB750FOURを始めとした日本車は確かに速かったけどレースで使うには明らかにフレームが負けていたから。 そしてもう一つの理由として当時イタリアでは … 続きを読む 悲願だった初の市販車 -1970年代-