SR400の系譜

XT500/400
(1E6/5Y7)
-since 1976-

1E6

「I'aventure」

SRを語る上で絶対に外すことが出来ないSRのご先祖様であるXT500/1E6型。

このバイクが誕生したキッカケはUSヤマハから

「4stビッグシングルのオフが欲しい」

と言われた事が始まり。

これはアメリカでマスキー法という厳しい排ガス規制の流れが生まれた事と、世界的にも長く乗れる4stが好まれる傾向が強くなった事から。

BSAビクター500

BSAのVICTOR500(写真上)やスクランブラー、既存の4stトレールのボアアップなど大排気量4stトレールを好む人たちが出始めていたんです。

そこでヤマハも4stトレールの開発を決め、造られたのがXT500というわけ。

XT500カタログ写真

サラッと言いましたが、ヤマハにとっては未知の世界だったので『ビッグシングルのオフ』という注文に対し、最初に造ったプロトタイプはヤマハ初の4stナナハンTX750の部品を流用したトコトコ系だった。

そしたらUSヤマハから

「全然ダメ。もっとガンガン走るやつだ。」

と猛烈なダメ出しを食らう事に・・・ただこれはある意味仕方のない話なんです。

当時のヤマハ車はほぼ2stオンリーだった上に2stと4stで開発部署が別々。つまり4stのノウハウもオフのノウハウも無いに等しい状態だったから頓珍漢な4stビッグオフになって当たり前な話。

 

・・・ところが、XT500が、XT500開発チームが凄いのはここから。

このプロトタイプへのダメ出しで火がつき

「軽く、コンパクトで、高い耐久性を誇り、なおかつ美しい」

をコンセプトに掲げ再開発。

ビッグシングルXT500

『1グラム1円』を合言葉に徹底した軽量化をし、最低地上高を稼ぐドライサンプもフレームにオイルタンクの役割を持たせる画期的な『オイルタンクインフレーム』を新開発。

オイルタンクインフレーム

そしてそして『もっとガンガン』と言われた肝心のエンジンも、タイヤのブロックパターンを捩じ切ってしまう問題を起こすほどガンガントルクな物に。

ちなみに車体担当だった大野さんはトヨタ2000GTにも携わった方です。

 

XT500で想定された使われ方はカリフォルニアのモハーヴェ砂漠(35,000km2)を難なく走り切る事で、開発チーム自ら乗り込んで走り込む事で開発が進んだのですが、そこで性能面だけでなく耐久性も大事という事を再確認。

そのためにしたことの中でも凄いのが

『一万回のキックテスト』

何が何でも壊れないエンジンに仕上げたかった担当の大城さんの発案で、一人100回をチーム内でローテーション。

XT500メカニズム

まさに体当たりのような開発で造られたXT500は好評どころか歴史に名を残すほどの名車となりましたが・・・が、実は最初から人気を呼んだわけではありませんでした。

というのもビッグシングルというのは元々は1960年代のジャンル、だからまだまだ一部の好き者向けで人気ジャンルといえるほどのものではなかった。

つまりこのバイクに飛びついた人たちは目の肥えたコアな人達だけ。

XT500北米

そういう『コアな人たち』がどういう人たちかもっと具体的に言うとレースをやっている人たち。

もう何処も造っていなかったシングルエンジンの最新版だとしてXT500やTT500(XT500のコンペモデル)を買い、ダートに合わせたオリジナルフレームに積む人たちが居た。

そしてこれがアメリカ中が震撼する出来事を起こします。

テキサスで行われたアメリカ伝統のフラットダートレースにて、なんとハーレーワークスのVR750や王者ケニー・ロバーツのXS650改を抑え、リック・ホーキンスのTT500が勝利。

TT500

マルチが当たり前だった中での優勝だったから

「あのシングルは一体何だ」

と話題になり、XT500/TT500の名が全米に知れ渡る事に。

王者ケニーもその後XT500/TT500へ乗り換えた事も相まってポテンシャルの高さが改めて評価され、ダートだけでなくモトクロスやバハ1000などあらゆるレースで使われるようになり、そして活躍する姿を目の当たりにした人達がXT500/TT500に飛びついたんです。

このXT500/TT500の快進撃によりアメリカはビッグシングルブームへと突入することになりました。

 

しかしXT500が歴史に名を刻んでいるのはアメリカだけでなく欧州でも同じ。

有名なのでいまさら説明する必要もないかと思いますが・・・そうパリダカです。

XT500パリダカモデル

XT500(TT500ベースのビッグタンク仕様)にて、1979年の第一回パリダカ(旧名オアシスラリー)をワンツーフィニッシュ、第二回では表彰台独占(1~4位までXT500)という快挙。

フランスを中心に欧州で人気だったラリーでこれほどの戦績を残して話題にならない筈もなく、欧州でもその名を知らぬものは居ないと言い切れるほどの人気に。

 

そして最後は日本・・・実はXT500は日本でも話題になったんですよ。

それは1977年に行われた鈴鹿六耐(八耐の前身)での事。

ロードボンバー/SHIMA498YというシマR&Dの島英彦さんと三栄書房社長だった鈴木脩己さんがタッグを組んで造ったモデルがレースにエントリー。

ロードボンバー

XT500のエンジンをオリジナルフレームに搭載したこのマシンはZ1/CBX/GSといったリッターマルチが犇めく合う中で、単気筒ならではの軽さと燃費を武器に八位入賞という下馬評を大きく覆す結果となり一躍話題になりました。

そしてこのロードボンバーがSRへと続くわけですが、それは次ページにて。

XT500

残念ながら日本では人気がないカテゴリだった事もあり数年で取扱終了となりましたが、欧米ではその後もモデルチェンジが繰り返され、今もXTテネレとして続いています。

 

日欧米全てで結果を残し歴史に名を刻んだXT500。

何が凄いって何度も言いますがこれヤマハにとって4stシングル第一作目という事。

XT500

にも関わらずフラットダートでワークスに勝って、モトクロスやラリーでも活躍して、畑違いの鈴鹿でもマルチ相手に善戦し、挙句の果てにはパリダカを連覇するポテンシャルを持ったビッグシングルだった。

これを名車と言わず何と言いましょう。

 

エンジン:空冷4サイクルSOHC単気筒
排気量:499cc
最高出力:30ps/5800rpm
最大トルク:3.9kg-m/5400rpm
車両重量:139kg(乾)

系譜図

XT500 1976年
XT500
(1E6)
2H6 1978年
SR400
(2H6)
SR500
(2J3)
3X6 1979年
SR400/SP
(3X7/3X6)
SR500SP
(3X4)
1JR 1983年
SR400/SP
(34F/34E)
SR500/SP
(34A/33Y)
1JR 1985年
SR400
(1JR/3HT)
SR500
(1JN/3GW)
RH01 2001年
SR400
(RH01J)
RH03 2010年
SR400
(RH03J)

お知らせ|更新履歴