最近のバイクは冷え切った状態からエンジンを掛けるコールドスタートという行為をすると勝手にグワーンとエンジンの回転数を上げてそこを維持しますよね。
あれはファストアイドル(もしくはファーストアイドル)という予め仕組まれている制御なんですが、何のためにやってるのかといえばもちろんエンジンを温めるため。
急速暖機というやつですが、しかし少し疑問に思わないでしょうか。
「温めるだけならそんな回転数を上げなくてもいいのでは」
ということに。
どうして回転数を上げるのかというとエンジンを温めるだけが目的じゃないからです・・・という話を怒られそうなくらい割愛して長々と。
確かに暖機には燃焼ペースを上げてエンジン(水温やエンジン)を最適な温度にまで温めて(熱膨張させて)ピストンやカムなど各部のクリアランスを適正に保つ狙いもあります。
温まっていないままだとヘッド周りが異常摩耗したりガソリンが吹き抜けてオイルを希釈しちゃいます。
ただしメーカー的に言うともっと大事な狙いが別にあります。
『排気ガス規制への対応』
です。
燃焼時に出てくるHC、CO、NOxは人間にとって非常に有害なのでそのまま大気放出してはいけませんという規制があるのはご存知と思いますが、これを解決するため排気系に詰め込まれるようになったのがこれ。
『三元触媒』
簡単に言うとレアアースで出来たフィルターみたいなもので、これが有害物質を化学反応で綺麗にしてくれる・・・んですが、残念ながらこの三元触媒は付けただけで解決するほど便利な代物じゃない。
「温まっていないと働かない」
という欠点があるんです。300℃前後まで温めないと効果を発揮しない。
この欠点が無視できなくなったのが2006年の排ガス規制。
『測定は暖機後ではなく冷機状態から』
に変更されたんです。つまり触媒が効かない状態からの測定になってしまった。
そこでメーカーはリタードとよばれる点火時期を遅らせる制御をコールドスタート時に行うようにしました。この制御をするとまだまだエネルギーがある燃焼ガスを排気に捨ててしまう取りこぼしの様な形になります。
これは本来オーバーヒート時などに行われる制御なんですが、これをコールドスタート時にもやる事でエネルギーが余ったガス(高温の排ガス)をエキゾースト内の触媒に浴びせることで温めてるんです。
つまり語弊を恐れずに言うとエンジンを温めてると思いがちなファストアイドルは、実はエンジンを温める為の熱を触媒に割り振ってる形なんです。
ちなみにファストアイドル中の回転数が安定しないのもこれが理由。
リタードすることでエネルギーを捨てるということは本来ならば回転に使うはずのエネルギーを捨てるわけで、受け止めるエンジンからすると肩透かしを食らうようなもの。だから回転数が一瞬落ち込んだりして最悪止まってしまう。
そのためバイクにはライダーのアクセルワークで開閉するメインスロットルとは別にバイク自身が判断して開閉するアイドル用のバイパスみたいなものが設けられており吸気量を増やしています。
分かりやすくいうとバイク自身が開閉できるアイドリング用アクセルが設けられているということ。
ちなみに昨今の完全ワイヤレスな電子スロットルモデルはメインスロットルもECU制御なのでそちらで兼ねるようになっており付いていません。勝手にアクセルひねった状態に制御するなんて時代の進化は凄いですね。
まあ触媒云々なんて興味が無い人も多いでしょうからこの辺にして、もう一つ紹介しておきたいのが愛車を大事にしたいオーナーなら気をつけてほしいこと。
コールドスタート時にエンジンの回転数を上げるのはエンジンを保護する狙いがあるわけですが、それは一番最初に説明したシリンダーやピストンやカムなどのクリアランス(熱膨張)を適正に保つためだけではなく、クランクシャフトとよばれる非常に重要な棒状の部品のためでもあります。
これが燃焼による上下運動を回転運動に変換しミッションに伝達することでバイクを走らせる。
ちなみにこのクランクシャフトは昔こそ組立式といってバラバラなものを繋ぎ合わせて一本にしていましたが、強度や重量バランスなど求められる精度が段違いなエンジンの要とも言える部分なため今は鍛造による一体型のものが主流になっています。
それで圧力を受けつつ回転するので当然ながらそのままだとエンジンをゴリゴリやってしまうので、支える部分(赤い矢印)が設けられています。
しかし見て分かるように一体型なのでベアリングを打ち込んだりする事は出来ない。そこで登場するのがプレーンベアリング(通称メタル)と呼ばれる合金のカバー。
これで軸受を囲う事で摩耗しないようにしている・・・・一体どうやってという話ですよね。ここからがアイドリングと関係してきます。
なんとこのメタルを付けることでクランクシャフトが浮くんです。浮かせることで摩耗することを防いでいるんです。物凄く簡単に表すとこんな感じ。
「ちょっと待ってなんでクランクシャフトが浮いてるの」
というツッコミを期待しているんですが、このメタルとクランクシャフトの間にはオイルが流れています。だからクランクシャフトが浮くという話なんですが、恐らく多くの人はこういうイメージをされていると思います。
いわゆるオイルによるコーティングで摩耗を防ぐイメージ。
でも実際はこうじゃない。こういう形でクランクシャフトを浮かせてる。
わかりにくくて申し訳ないんですが要するにオイルのヌメヌメで摩耗を防いでるわけじゃない。オイルの流れ(油圧)で浮かせているんです。流体潤滑といって水上スキーで引っ張られ続ける限り水の上に立てるのと同じ原理。
じゃあエンジンが止まってる時のクランクはどうなってるのかというと、当たり前ですが落ちてます。
この状態からスタートする。
これだとゴリゴリやってしまうんじゃないかと思いますが、この時は前回の動作時に流れていたオイルが表面に付いているまさに皆が考える潤滑である境界潤滑があるから少しの間は大丈夫。
だからその境界潤滑で持ちこたえてる間にオイルを勢いよく流して浮かせる流体潤滑に切り替えるというわけ。
じゃあオイルの流れを何処で起こしているのかといえばもちろんオイルポンプ。
オイルポンプがどうやって動いているかといえばエンジンから動力を拝借して・・・そしてエンジンが回るほどオイルポンプも回る・・・そう、ファストアイドルでエンジンの回転数を上げるのは前回のオイルでなんとか踏みとどまっているクランクシャフトに急いでオイルを流して浮かせる為にやってる面が強いんです。
コールドスタートからだとクリアランスはガバガバな上にオイルもカチカチだからいつものアイドリングより頑張ってもらわないとしっかり押し流す事が出来ない。だから回転数を上げる。
「オイル交換しないとエンジンが壊れるぞ」
って言われる要因の一つはここで、このメタルとクランクシャフトの関係は単純に当たらないよう潤滑すればいいわけでもない非常にシビアな部分なんです。
なぜなら最初に回転運動するエンジン性能に直結する部分であり、潤滑というのは言い換えると損失でもあるから。
だから開発者の人たちは焼き付き(油膜切れによる損傷)を起こさないギリギリを狙って1/1000mm単位でメタルとクランクシャフトのクリアランスを設計してる。そんな繊細な場所に送るオイルがダメダメだとそりゃ焼き付くよねって話であり、オイル交換はちゃんとしましょうという話。
たまにコールドスタートなのにギアを入れファストアイドルを切った状態での暖機する人が居ますが止めておいた方がいいのはここまで読むと分かるかと。油圧が稼げないからですね。
未来ある若者ライダーへのページなので最後に一言だけ余計な事を言わせてもらうと
「暖機って走りながらでも良いんだよ」
という事を知ってほしいです。
暖機は長々と停車したままする必要はありません。
ファストアイドルで優先して温めているのは触媒だし油圧も10秒ほども経てばほぼ行き渡るからです。
大事なのはいきなり高回転や低回転など極端なアクセルワークをしないこと。自分の右手で普段のアイドリングより少し高めに維持しながら走るだけで十分な暖機になる。
停車状態で暖機したいならどんなに長くともファストアイドルが収まるまで。長々とやると近所迷惑なだけではなく排熱が追いつかず熱疲労を起こしてそれが故障に繋がったりもします。
そもそも暖機ってタイヤとかブレーキとか駆動系にも必要でそれには走るしか無いわけですからね。
全然関係ないけど、ファストアイドルで「ブッブッブッブボボボボボ」って感じ(伝わって)で少しずつ回転上がってく時の音が好きです。出発前のワクワクが詰まってる感じで楽しみを掻き立ててくれます