「どうしてスポーツバイクってポジションがキツいんですか」
という先入観や固定観念に問わられていない鋭い質問を頂いたので長々と。
バイクという乗り物は因果なものでクルマと違いスポーツ性が高いバイクほど
・強い前傾になる低いハンドル
・ズルズル滑る上に足つきが悪いシート
・後ろ気味で窮屈なステップ
という苦行なポジションになる傾向があります。
スーパースポーツ、レーサーレプリカ、メガスポーツ(便宜上これ以下スポーツバイク)などが典型ですね。
こんなポジションのバイクで街乗りやツーリングをすると漏れなく身体を痛める。
「ポジションしんどい」
と嬉しそうに話すオーナーを目にした人やドン引きした人も多いと思いますが、ポジションがキツい事にはもちろん理由があります。想像がつくとは思いますが端的にいうと
「ハングオンなど積極的に動くスポーツ走行に対応するため」
です。
ちなみにこういう
・ハンドル
・シート
・ステップ
を結んだ三角形をよく見ると思いますが、何故ここなのかというとポジションであると同時にライディングする上で人がバイクに力を加えて操る箇所がここだから。
専門用語で
『荷重点』
と言います・・・突然ですがここでちょっとクイズ。
「スポーツで要となるのはハンドル・シート・ステップのどれでしょう」
正解は
『ステップ(正確には足を置くフートレスト)』
です。
何故ならバイクは下半身で操る乗り物であり、その支点であり力点となるのがステップだからです。
という事でまず最初に説明するのは【ステップ】から。
左がスタンダードともいえるネイキッドのステップ位置で右がスポーツの典型であるスーパースポーツのステップ位置。
明らかにスーパースポーツの方が窮屈なステップ位置なのが分かると思いますが、窮屈なステップをしている理由の一つは
「バンク角を稼ぐため」
という狙いから。
一般的にスポーツ性の高いバイクはサーキットをも楽しめるように造ってあります。そしてサーキットは公道よりも深く寝かせる必要があるのでガリガリとステップを擦ってしまう浅いバンク角では話にならない。
だから上の方に持ってきており、どうしても窮屈になってしまうという話。
そしてもう一つ、後ろの方にあるのは最初に言ったようにステップで踏ん張る(荷重しやすくする)ため。
スポーツ走行時は積極的な体重(荷重)移動つまり前後左右に身体を動かす必要があるんですが、そうするためには一度腰を浮かす必要がありますよね。そうした時に足を後ろに置いていないと簡単に腰を浮かす事ができず身動きが取れない。
椅子に座った状態で腰を浮かせようと思った際、真下ではなく少し後ろ側に足を置いたほうがヒョイっと簡単に浮かせやすいのと同じ。だから後方にあるんです。
逆に言うとずっと動けるように身構えた形だから姿勢をそれほど変える必要が無い長距離などでは辛いというわけ。
お次は高さなどが注目される【シート】について。
スポーツバイクはタンクに向かって細く下るようなシート形状になっています。
そのため自ずと前乗りになるしブレーキを掛けるとズルっと前に滑り落ちてしまう。
「拳一つ分ほど開けておくなんて無理」
とお思いの方も多いでしょう。
一体全体どうしてこんな形状をしているかというと、先に紹介したステップの延長線上
「自由にポジショニングするため」
にあります。
サーキットなどで速く走らせるために欠かせないのが自身の重心を内側に持ってくることでコーナリングフォース、要するに強い旋回力を生むハングオン(またはハングオフ)。
その動きというのが腰を左右に回しながら落とす動きなんですが、その際に前に行くにつれ細く下がっているシートが本領を発揮するんです。
ストンと導いてくれるガイドの様な働きをする。公道では煩わしく感じる滑りやすさもこの流れをスムーズにするため。
ちなみにシート後方が上がり気味なのは加速時に後輪荷重を稼ぐ狙いもあります。
そして一番気にされる部分であろう高いシート高ですが、一つは先に上げたステップ位置との関係が大きい。
バンク角と踏ん張りやすさのために後方の高い位置にステップがあるのにシートは低いままだったら・・・正座になってしまいますね。
だから自ずとシート高が上がってしまい足つきが悪くなってしまうという話。
ちなみに我々日本人はそうでもありませんが、手足が長い欧米人からするとSSのステップは我慢ならないほど窮屈に感じる人がとても多いんだとか。向こうの人たちより足が短くて良かった・・・のかな。
もう一つは操舵性といって重心を高い所にやる事で軽い力で寝かせられるようにするため。チックタック動くメトロノームみたいな感じです。
そして最後は最も多くの人が悲鳴を上げているであろう【ハンドル】について。
これは前方投影面積を減らし空気抵抗を抑える狙いがまず一つ。
空気抵抗を抑える事は最高速はもちろんのこと、加速や燃費などに直結するだけでなく切り返しやバンクなどロールやヨーの軽快さにも影響します。
これには慣性力(加速と反対向きに生じる力)に備える狙いもあります。
上半身が起きたポジションでは急加速するとハンドルにしがみつく、ハンドルを引っ張ってしまう形になってしまうんですね。その場合だとライダーは腹筋で耐えるしか方法はなく負担が非常に大きい。
それを防ぐためにも前傾にする事で前に転びそうになる重力でバランスを保っている。
陸上のスタートダッシュやスキーで前傾姿勢になるのと同じです。
街乗りではキツいのにビュンビュン走っている時は不思議と前傾をキツく感じないのもこれによるもの。
ただスポーツバイクのハンドルがキツいのは低い事だけではなく
『絞り角』と『垂れ角』の問題もあるかと。
簡単に説明すると『絞り角』を設ける狙いはステムシャフト(回転軸)に近づける事でハンドリングを軽くクイックするため。
そして『垂れ角』を設けるのはハングオンなどバンク中のコントロール性を上げるため。
公道走行だと手首を痛める原因になったりもしますが、サーキット走行となるとこれがシックリ来るのが面白いところ。
ただこれは乗り方で(特に垂れ角は)個人差というか体感差があります。
纏めると、最初にも言ったようにスポーツ性の高いバイクほどポジションがキツいのは
「ハングオンなどアグレッシブな動きに対応するため」
という事で、長々と説明してきた要素からも分かる通り想定しているスポーツ域(速度域)が高くなるほどポジションがキツくなるのはある意味では必然という話。
しかしでは
「ハングオンもサーキットも無縁ならデメリットしかないのか」
というと実はそうでもないのが難しいところ。
確かに日常使いで不憫に感じる要素の多くはハングオンなど極限のコーナリング性を得るためにあります。
しかし例えタイヤなりに走るリーンウィズでもこのキツい前傾ポジションじゃないと支障が出るんです。
スポーツ性の高いバイクというのはクイックなハンドリングを実現させるためにキャスターアングル、早い話がフロントを一般的なバイクより立てています。
そこで問題となるのがトップブリッジの中央に鎮座しフレームと操舵を繋いでいるステム。
人間は耳の内側にある三半規管と呼ばれるバランスを司る部分に頼ってバイクを運転しています。
そしてそんな三半規管がある頭は操舵を担っている部分
『ステムシャフトの延長線上』
にないとバランス感覚を上手く取れず真っ直ぐ走らせる事も、狙った通りのバンクをさせる事も難しくなるんです。
そのためバイクは頭をステムシャフトの延長線上に持ってくるのが定石とされ、例えハングオンとは無縁なバイクでも大きく外れた様な車種はありません。
要するにポジションというのは何処かでしらで
「楽を取るかハンドリングを取るか」
で折り合いを付ける必要がある。
つまりスポーツバイクに限って言うとフロントを立ててクイックなハンドリングと軽い寝かし込みを持ちつつ上半身が起きていて長距離も走れる
『楽ポジなスーパースポーツ』
という欲張りなバイクは不可能に近いという事。
ちなみにハングオンで頭を残すように言われている事もこれが理由。※レーサーは例外
そしてリーンウィズでも無関係ではない言える部分もここ。リーンウィズでも不安なく軽快に走れているのは
「キツい前傾姿勢によって頭をステムの延長線上に持ってきてるから」
という話でした。
【以下余談/持論】
ポジションがキツいスポーツバイクというのは跨っている姿勢を見ただけで乗り手の力量が知れてしまうという残酷さがあります。
というのも説明してきたようにポジションがキツいバイクというのはサーキットやハングオンを視野に入れているのでハンドルが低くシートが前下りです。
そしてそんなポジションのバイクでサーキットやスポーツ走行とは無縁な走りばかりしていると
・タンクに股をピッタリ付ける
・腕を伸ばしきってヘッピリ腰
・顎が上がってる
という間違ったポジションが身体に染み付く。
これは
・視点を確保したい(上半身を起こしたい)
・足つきを良くしたい(シート前方の絞りを利用)
・熱くキツいからニーグリップしたくない(タンクで体を支える)
という事から来ているものと思われます。
心当たりがある人は一度自分が走ってるシーンを撮って見ると想像を絶するほど変なポジションで走っている事に気付けたりします。
ポジションがキツいスポーツバイクの正しい乗車姿勢はこうです。
「シート後方に座って背筋と腕を曲げて顎を引く」
上手い人達はこの下半身でホールドする正しいポジションを心得ています。
ただし・・・このポジションでずっと公道を走るというのは色々とシンドいし乗りにくく感じるのもまた事実。
だからこのポジションでずっと走れとは言いませんが
「見られたり撮られたりする際はこのポジションを心がける」
という事を強くオススメしたいです。
何故なら正しいポジションをすると見違えるほど愛車との人馬一体感が出てカッコよく見えるから。
そして
「俺はスポーツ走行を知ってるんだぜ」
というアピールになると同時にスポーツ走行を知っている人間からも
「こいつ出来るな」
と思われること間違いなしだから。
ちなみにこれは
「膝を擦りたいけど届く気配がない・・・」
と悩んでる人の多くにも当てはまること。
街乗りで染み付いた前乗りのまま膝を出してもまず擦れません。なぜなら前乗りというのはいま説明してきた自由なポジショニングを妨げる
『身動きが取れない乗り方』
だからです。
俗に言うハングオンはイメージとしては膝を横に出すのではなく斜め前に出すもの。
例えるならショルダータックルする感じ。
・大袈裟なほどシート後方で構えて
・大袈裟なほど腰をシートから落とし
・大袈裟なほどショルダータックル
これを意識して走れば無理膝になるかもしれないけど必ず擦れる様になる。
散々話してきたようにサーキットを視野に入れてあるスポーツバイクというのはそういう自由なポジショニングが出来るように造られているんです。
膝を擦るという行為自体は(あくまで遊びの範疇レベルなら)想像しているほど難しい事ではなく、一度でも感覚を掴んだら次からは簡単に出来るようになります。だからこうやって偉そうに言えるわけです。
あとはハングオン攻略本なんて買わないでいいからその分のお金をサーキット走行費に充てて
峠ではなくサーキットで
練習するだけ。
このページにも言えますが読んだだけで膝を擦れる様にはなりません。
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