第十一回目はエンジンオイルについて。
エンジンオイルというのは
『潤滑・清浄・密封・冷却』
早い話がエンジンという精密機器を保護する人間でいう血液みたいな役割。
というのは今さら説明する必要はないかと思いますが、おさらいも兼ねて規格から説明していきます。
オイル缶には大体この四つが記載されています。
長くなる癖があるので、ものすごく噛み砕きつつサクサク説明していきます。
『SAE規格(Society of Automotive Engineers)』
アメリカ自動車技術者協会が定めた規格。
これは
『冷えるほどドロドロで、熱くなるほどサラサラになる性質があるオイル』
においての寒暖差による粘度変化を表しているもの。
例えば10w-40の場合
10w=マイナス25℃でも凍らずに(凝固せずに)始動可能な粘度を保つ
40=オイルが100℃の時に40番程度の粘度を保つ
という意味で合わせて【”10w”-“40″】という事。
決して二つの粘度のオイルを混ぜているわけではありません。
これが例えばクルマで主流な0w-20だったらマイナス35℃でも始動可能な粘度を保ち、100℃になった時は20番程度の粘度ですよという表記・・・って最近は16まで下がってるんですね。
粘度を下げてフリクションを減らすためなんでしょうが、燃費競争恐るべし。
昔は「SAE 40」や「SAE 30」といった単一粘度しか書かれていないシングルグレードがメジャーでした。
これは粘度調整技術がまだ発達していなかった時代に生まれたもので、粘度(温度)の許容範囲は当然10w-40などのマルチグレードより狭いです。
今どきのマルチグレード車なら真冬の宗谷岬に行くとかでない限り、基本的に上の粘度だけ合わせておけば大丈夫です。
ちなみに掛け離れた粘度の物を入れるとオイルポンプを壊したり、詰まったり油膜切れ起こしたりして壊れる恐れがあるのでご注意を。
特に指定より柔らかい(番手が低い)オイルを入れるのはオススメしません。
『API規格(American Petrileum Institute)』
これはアメリカの石油協会が定めた規格。
SAEが粘度を示す規格だったのに対し、このAPIはオイルの性能を示す格付けの様な規格。
SA(Sはガソリン車の意味)から始まりSB、SCと来て今ではSNまであります・・・が、今どきはほぼSL~SNな上にバイクの場合はあまり参考にならないので気にしないで大丈夫です。
『JASO規格(Japanese Automobile Standards Organization)』
バイクで一番見ないといけないのはこれ。
日本自動車規技術会が定めた二輪専用規格。つまりバイク用オイルにしか記載されていません。
この規格が生まれたのは先に紹介したAPI規格においてエコの観点から『耐摩擦』が重要視されるようになったから。
そのためオイルに『摩擦低減剤』という添加剤を入れる様になったわけですが、ミッションやクラッチが一体(同じオイルを使う)バイクにこの摩擦低減剤の入ったオイルを入れると滑ってしまう。
そこで用意されたのがこのAPI規格と二輪特性を掛け合わせたJASO規格で、これには四種類あります。
MA:摩擦係数の高いグレードでMT車の大半はこっち
MB:摩擦係数が低いグレードでベルト駆動のスクーターなどに多い
MA1:MAを低粘度にすることでフリクションを軽減した小排気量向け
MA2:MAを高粘度にして過酷な環境での油膜切れを防ぐ大排気量向け
MA1/MA2は2006年からですが、MA1と指定されているバイクはMA1を、MA2と指定されているバイクはMA2を入れなくてはいけません。
【ここで注意点】
自分のバイクは
「MTバイクだからMAだろう」
とか
「スクーターだからMBだろう」
と勝手に思い込まないように。
ヤマハだけみてもXJR400やFZRシリーズはMB指定、スクーターのTMAXはMA指定だったりと例外は結構あります。
オーナーズマニュアルで一度は確認しておきましょう。
次が最後で本題で長い話。
『基油分類』
これはいわゆるエンジンオイルのベースのグループを表す言葉でAPIが定めた分類。
鉱物油とか全合成とか聞いたことがあると思います。そしておそらく多くの人が一番気にする項目かと。
『グループI(ミネラル系)』
重質油を溶剤精製した鉱物油がベース。
『グループII(HIVI系)』
重質油を水素化処理した精製鉱油がベース。
※HIVI=HIgh Viscosity Index
『グループIII(VHVIもしくはXHVI系)』
グループIIを高度水素化分解した超高度水素化精製油または天然ガス(XHVI※シェルのみ)がベース。
※VHVI=Very High Viscosity Index
※XHVI=eXtremely High Viscosity Index
~ここまでが鉱油~
『グループIV(PAO系)』
軽質油のエチレンガスから重合して作られる合成系炭化水素がベース。
※PAO=Poly α Olefin
『グループV(エステル系)』
アルコールと脂肪酸によるエステル系など上記に属さない基油がベースのもの。
最近では大豆ベースのオイルが注目されているそう。
で、実際これがどう表記されて売っているのかというと
グループI:鉱物油
グループII:鉱物油または部分合成油
グループIII:全合成またはシンセティック
グループIV:化学合成油
グループV:化学合成油
と非常にわかりにくい。
特にややこしいのがグループ3の合成油(シンセティック)です。
これはカストロールとモービルが起こしたVHVI係争が起因。
90年代にカストロールがVHVI(グループ3)ベースのマグナテックというオイルを
「合成油」
として売り出しました。
それを見たもう一つの有名なオイルメーカーであるモービルが
「グループ3(鉱油)なのに合成油とは何事か」
とNAD(アメリカの広告審議会)に意義を申し立てたんです。
結果は・・・セーフ。
この一件でそれまで部分合成油として売っていたオイルが全合成油になったり、化学合成油が100%とか言われ始めたりしました。
表記義務がないので場合によってはグループ3なのにフルシンセティックとか化学合成油とか言われていたりします。
この事からオイルにうるさい人の中には
「VHVI(グループ3)の化学合成油は偽物だ」
とか
「PAO(グループ4)やエステル(グループ5)こそ真の化学合成油だ」
とか言う人も居ます・・・。
が、必ずしもそうじゃないんですよ。
大きな石油メーカーやオイルメーカーがグループ3の全合成を高性能オイルだとして売っているのはセールスのためだけではなくちゃんと根拠があります。
そもそもオイルにおいて大事なのはベースの種類でなく性能。
その中でも非常に重要視されているのが
『粘度指数』
という数値です。
粘度指数というのは
「温度による粘度変化の強さ」
を表す数値。
もっと簡単に言うと
「冷たいとドロドロで、熱いとサラサラな性質を何処まで克服出来ているか」
という事。
良いオイルは粘度指数が高く粘度変化が緩やかで熱くなっても粘度があまり変わらない。
反対に悪いオイルというのは粘度指数が低く温度で粘度が急激に大きく変わる。
科学合成油の強みは油から使える分子を抽出(精製)して作る鉱物油に対し、化学合成油は使える分子を組み立てる(重合する)形で大きさを統一することが出来る事。
だから粘度指数を始めエンジンオイルとして狙った基本スペックを高める事が出来る。
「化学合成油は高性能」
と言われるのはこれが大きな要因。
そして高性能なエンジンが化学合成油前提だったりするのは高温時も粘度をしっかり保つ事を前提に作ってるから。
我々からすると寿命や清浄性が高い事が良いエンジンオイルですが、エンジニアの人たちにとっては
『どんな状況でも粘度が変わず安定している』
というのが良いエンジンオイルなんです。
じゃあ大手が高性能オイルとして売っているグループ3はどうかというと、実はグループ4や5となんら遜色ない粘度指数を持っています。
つまり
「グループ3だから4や5より低性能なオイル」
とグループ(基油)だけで判断するのは違うという事。
それにグループ4や5が完全な上位互換というわけでもないんですよ。
PAO系(グループ4)はシールを縮小させたり耐摩擦性が高すぎるデメリットがある。
エステル系(グループ5)はシールを膨張させたり水を吸って粘度低下を招きやすいデメリットがある。
特に注意してほしいのが高性能オイルの代名詞として崇められているエステル系。
エステル系は確かに冷却や潤滑など基本性能が飛び抜けているんですが、脱水して作られる化合物であることから水分を非常に吸いやすいデリケートな性質を持っています。
エステルは基本的にレースなど『ここ一番』というときに使う短期決戦オイルと思ってください。
その点VHVI系(グループ3)はそれらと遜色ない性能を持ちつつもシールへの攻撃性がなく何より鉱油ベースなのでローコスト。
VHVIにPAOやエステルをブレンドした合成油が主力となっているのはこれが理由。
以上が規格の話・・・ですが、エンジンオイルというのは基油だけでなく添加剤を加えて初めて完成するもの。
だいたい基油8に対して添加剤2と言われています。
ザックリ分けて説明すると
『清浄・分散剤』
燃焼によって発生するカーボンなどの汚れをエンジンに付着させず吸収し保持するための添加剤。
エンジンオイルが黒くなるのはこれが吸収して留めているから。
つまり黒くなっているのはこの添加剤がちゃんと働いている証拠。
「色で交換時期は分からない」
というのはこれが理由。
いつまでも綺麗なままの方が逆に危ないです。ただし白くなったり濁ったりしていた場合、それは冷却水やガソリンなど異物が混じった可能性が高いので要交換です。
『酸化・錆防止剤』
オイルの酸化やエンジンの錆を抑制する添加剤。
『耐荷重添加剤』
摩耗や焼付きを防ぐための添加剤。
紛らわしいのですがクラッチを滑らせる摩擦低減剤とは違い、鉄のコーティング剤の様なもの。
始動直後にエンジンを全開にしたりするとクランク(メタル)が壊れたりするのは、この添加剤が低温では働かないから。
ちなみにオイルのベストな温度は100℃前後と言われています。
『消泡剤』
添加剤を入れると泡立ちがしやすくなり、結果としてエアを噛んで油圧が下がってしまう。
それを防止するため、添加剤のデメリットを消すための添加剤。
これ以外にも添加剤のせいで汚れやすくなるならカルシウム入れたり・・・とエンジンオイルというのはまさに薬漬け。
『粘度指数向上剤』
オイルが熱せられても粘度を保ち、油膜切れを起こさない様にするための添加剤。
子供の落書きかと言われそうですが、本当にこんな鎖状の形。
熱せられると大きく広がって粘度を増加させる働きがある。
つまり名前の通り粘度指数向上剤を入れると粘度指数が上がります。
「じゃあこれ入れれば全部高性能オイルじゃん」
と思いますよね。
しかしこの粘度指数向上剤には大きな弱点があるんです。
それは
『熱やグリグリと潰される事』
がとっても苦手という事。
つまりミッションやクラッチでオイルをグリグリと潰すバイクとは特に相性が悪い。
粘度指数向上剤で底上げすればするほど劣化による粘度低下の幅も大きく、急激な劣化を招いてしまう。
ワイドレンジでロングライフなオイルが(元の粘度指数が高い)合成油のみで鉱物油に無いのはこれが理由。
同時にバイクメーカーが自社ブランドのバイク専用オイルで”せん断安定性の高さ”をアピールしているのは、この
「グリグリによる粘度低下に強いオイルですよ」
という事をアピールしているわけで、
『粘度で劣化は分からない』
というのもこれが理由。
粘度指数向上剤の効果が分かるのは100℃のとき。100℃のオイルを触ったら分かるかもしれませんが大やけどです。
粘度で判断してはいけない理由はもう一つあります。それは劣化が進むと粘度が上がるからです。
これは粘度指数向上剤が復活するわけではなく『酸化防止剤』が尽きてしまった事が原因。
酸化防止剤が尽きてしまったオイルは当然ながら酸化を防げなくなり、酸化物重合体(スラッジなど)の大量発生を許し粘度がどんどん上がっていく。
俗に言うワニス化というやつです。
「一度もオイル交換していないエンジンを開けたら中がドロドロだった」
といった類のモノを見たとこがある人も多いかと。
『5,000kmまたは1年で交換してください(※車種による)』
とメーカーが走行距離だけでなく期間で交換時期を定めているのは、この粘度低下と酸化の両方を考慮しているから。
それに加えて
「シビアコンディションの場合は早めに」
と言っているのはこれらが環境や使い方によって大きく変わるから。
特に大きなウェイトを占めているのが熱で、オイルの温度が上がるとそれだけ熱酸化が促進される。10℃上がると寿命が半減すると言われています。
結局の所エンジンオイルの交換時期というのは色や粘度で判断せず
「サービスマニュアル通りに交換しましょう」
という話。
長々と書いておいてそれかよと言われそうですが。
最後に小話・・・
「高いオイル(合成油)を長く使うか、安いオイル(鉱物油)を頻繁に変えるか」
といった議論というかポリシーを見たり聞いたりした事があると思います。
どちらも間違いではないと思うのですが、個人的には合成油を長く使うほうが良いかと思います。
というのも基油で話した鉱物油や合成油といったグループ分けには、粘度指数だけではなく『硫黄分』や『飽和分』というチェック項目があります。
これは要するに不純物の事。
そしてこの不純物というのはスラッジやデポジットの元なんです。
これは焼付きや摩耗を防ぐ耐荷重添加剤にも入っているのですが、同様にエンジンを汚す原因で最近では石油メーカーも硫黄分を含まない添加剤へシフトしています。
つまり安い鉱物油を頻繁に変えるというのはスラッジやデポジットの元をどんどん注いでいる・・・というのはちょっと大げさな言い方ですが、どっちか選べと言われたらしっかり脱硫してあり酸化や粘度低下に強い合成油や化学合成油を入れたほうが良いかと。
最後の最後に
「おすすめのオイルを教えてくれ」
と言われそうなので紹介します。
おすすめは・・・バイクメーカーの純正オイルです。鉱物油入れるなら絶対と言っていいくらい。
純正オイルは石油メーカーオイルに自社のラベルを貼ってるだけと思ってる人が多いですが違いますよ。
純正オイルというのはメーカーの科学部門エキスパートと大手石油メーカー(出光興産・昭和シェル・JXTGなど)がタッグを組み、お高い実験設備や実際に使われるエンジンを用い過酷な実験を繰り返した末に作られている高性能オイルです。
そして高性能オイルながら標準採用というスケールメリットによって、サードパーティ製には不可能なコストパフォーマンスの高さも持っています。
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