スーパースポーツ系

スーパースポーツとは

色んなメーカーが同じ土俵で競い合ってる数少ないジャンルがスーパースポーツ。

【特徴】

250cc/600cc/1000ccなど量販車レースに沿った排気量で明確に分かれておりバチバチなクラス。

基本的にサーキット走行を考えられたジャンルなので排気量が大きくなるほど日常使いに向かなくなる傾向があります。

最近のモデルは一昔前のレーサーより速かったりする。

【歴史】

最初に謝っておくとスーパースポーツという言葉主体で掘っていくと軸がブレてしまうので省かせてもらいます。

例えば1964年に出たローマの休日でおなじみベスパの派生モデル。

ベスパSS

これも名前はスーパースポーツ(スーパースポルト)だったり。他にもSSという名前の付くモデルは色々あります。

じゃあ何処にスーパースポーツというジャンルの軸を置くべきか考えたのですが

『レーサーの側面も持った誰でも買える量販車』

というのが一番分かりやすいかと思いました。

そうした時に歴史上ハッキリしているのは1907年から続く最古のレースであるマン島TT。

マン島TTレース

公道を猛スピードで駆け抜けていくデンジャラスなレースとしておなじみですね。

これに挑戦するために各々がチューニングしたバイクを持ってきて走らせたのがスーパースポーツの始まり・・・ってそれじゃ釈然としないのでもう少し掘ります。

マン島TTは最初こそ色んな人が参加するレースだったものの1947年からWGP(現MotoGP)の一戦に加えられるとメーカーによるGPレーサー(レース用プロトタイプマシン)が当たり前な状況になりました。

RM63

日本メーカーが活躍したのもWGPになってからの話。だから凄いんですけどね。

しかし他のコースとの問題からマン島TTは1976年を最後にWGPから離脱。

代わりに1977年から始めたのが

『TTフォーミュラ』

というレース。

排気量さえ守れば何しても良かったものから一転、シリンダー数や重量などまで厳しく制限されたプロダクションレースに変わりました。

※プロダクションレース=一般量販車によるレース

マン島TTレース

これはWGPのポイントが懸かってる一戦ではなくなった事で離れていくワークス(メーカー)の代わりにアマチュアを呼び込まないといけなかったから。

これが今もスーパースポーツで行われているマン島TTレースの始まりになります。

補足というか余談ですがGPレースからナショナルレースへ事実上の格下げとなり人気に陰りが見えていたマン島TTを再浮上させるキッカケとなったのが1978年に出たマイク・ヘイルウッド。

900SS

簡単に言うとかつての英雄が帰ってきて優勝した形なんですが、この時のベースマシンがドゥカティの900SS(スーパースポーツ)というバイクでレプリカが出るほどの人気となりました。

スーパースポーツという言葉がプロダクションレーサーをさす言葉として定着したのはこのマシンの影響かもしれない・・・。

ただ実はこのマン島TTのような厳しい上限を設けたプロダクションレースには前例がある・・・それは70年代前半のアメリカです。

AMAヨシムラ

アメリカはアマチュアレースが盛んに行われていたんですが、70年代に入るとヤマハのTZ750を始めとした市販版GPレーサーがレース界でブイブイ言わせていました。つまりWGPと代わり映えしないレース状態になっていたんですね。

「これならもうWGPだけいいじゃん」

となりアメリカのロードレース人気は急落していた。

そんな状況を危惧したアメリカレース協会の御曹司であり自身もレーサーだったスティーブ・マクラグリンという人が

「GPじゃない普通のバイクによるレースをやろうよ」

と言って1973年にAMA(アメリカのバイク協会)プロダクションレースを開催。

・CB750FOURやZ1など量販車の高性能化が起こっていた事

・アメリカ人はプロダクションが大好きな事

・ホットロッド(チューニング)文化が盛んなお国柄だった事

などなどの理由からレースには腕に自信のあるショップやライダーがこぞって参加し大盛況。

Z1スーパーバイク

ちなみに記念すべき第一回、1973年の優勝は皆さんご存知ヨシムラZ1です。※写真は翌74年モデル

このプロダクションレースは

「どんなチューニングをしてもいいがプロダクションのスタイルを崩してはいけない」

という美徳とも粋とも言える暗黙のルールも相まってあっという間にアメリカで一番人気のロードレースとなり、わずか4年後となる1977年には

『AMAスーパーバイク選手権』

という正式な選手権に格上げ。

KZ1000R

エディ・ローソンのKZ1000Rや最近モーターショーに出たフレディ・スペンサーのCB750Fなどが有名ですね。

ZRXやCB-SFでおなじみのカラーリングの元ネタです。

マン島TTはこれに習った面が少なからずあったわけですが

・欧州のフォーミュラ

・北米のスーパーバイク

とレギュレーションに多少の違いこそあれど同時期に

「身近なバイクによるアマチュアレース」

を始めた事でプロダクションレースはあっという間に国際的に認知され、また人気がウナギ登りになった事で日本を含めた各国も追従。

そうして世界規模になった事で1988年にプロダクションレースの頂点を決める世界選手権として開催されるようになったのが今も続いている

ワールドスーパーバイク

『WSB(ワールドスーパーバイク)』

というスーパースポーツによる世界レースです。※SBKとはWSBの1000ccクラスのこと

>>WordSBK公式サイト

スーパースポーツはどうしてもレースの話になってしまうんですが、総括というか主旨を戻すとプロダクションレースは

・自分のバイクでも参加できる

・自分のバイクがレースで戦う姿を見れる

・レースのバイクを買って乗ることが出来る

という億単位のお金が動くGPレースでは絶対に不可能な魅力を持っていたから人気になった。

そしてその人気っぷりから戦績が量販車というメーカーが売らないといけない商品の売上に直結するほどの影響力を持つようになったため、自分たちのマシンつまりGPマシンだけを造っていればよかったメーカーも無視できない存在になったいうか

「プロダクションレースで勝つ事が何よりの宣伝になる」

と捉えるようになり、自社が持つGP技術を一般量販車という枠に収めつつレースを意識したモデルを次々と発売するようになった。

ワールドスーパーバイク

「レーサーの側面も持った誰でも買える量販車(スーパースポーツ)」

がこのプロダクションレースによって次々と生まれ、またそれがGPとは少し違う形でメーカー間競争を招いた事で性能がドンドン向上していき、いつしかスーパースポーツと呼ばれるようになったという話。

だから申し訳ないんですがスーパースポーツは名前だけでなく定義も何処からかはハッキリとは断言できず

「1970年代後半のプロダクションレース人気から」

というのが最も正解に近いんじゃないかと考えます。

【最後に】

初心者の方でスーパースポーツに乗りたいなって思った人の中には

1098R

「こんなの自分に乗れるだろうか」

という不安を抱いてしまう人も多いかと思います。

確かにスーパースポーツは排気量が大きくなるほど公道では乗りにくい部類のバイクになります。

・足付き悪い

・燃費悪くて熱い

・荷物載らない

・整備しにくい

・前傾ポジション

などなどストリートとサーキットでは求められるものが違う事から何かと我慢を強いられるシーンが多い。

でも乗ってる人って結構見ますよね。足ツンツンで立ちごけしたりツーリングという違う使い方をして体を痛めたりする人が当たり前にいる。

なんでそうまでしてスーパースポーツに乗るのかっていうと、スーパースポーツにはそれを補って有り余る魅力があるから。

GSX-R1000壁紙

「俺は技術の粋を集めたクラス最速マシンに乗っている」

この事実に酔いしれる事が出来るのがスーパースポーツの魅力。

もしもカッコいいと思えるスーパースポーツがあるなら是非とも乗ってそれを味わう事をおすすめします。

該当車種

CBR1000RR600RRの系譜

YZF-R1YZF-R6の系譜

GSX-R1000GSX-R750GSX-R600の系譜

ZX-10RZX-6Rの系譜

SuperBikeの系譜

AGSTA F4の系譜

S1000RRの系譜

RSV4の系譜

Daytonaの系譜

などなど

種類一覧
ネイキッドネイキッド系
ストリートファイターストリートファイター系
オフロードオフロード系
モタードモタード系
マルチパーパスマルチパーパス系
ストリートストリート系
スーパースポーツスーパースポーツ系
フルカウルスポーツフルカウルスポーツ系
ツアラー系ツアラー系
メガスポーツメガスポーツ系
クルーザークルーザー系
スクータースクーター系
クラシッククラシック系

フルカウルスポーツ系

フルカウルスポーツとは

非常に曖昧であまり書きたくないジャンルです。

というのもこのジャンルは御存知の通りとても広く、バイクによって性格がバラバラだから。

【特徴】

ザックリ全体的に言えるのは街乗りからツーリング、果てはサーキットまで使えるオールマイティなバイク。

ネイキッドほどポジションが起きておらず、スーパースポーツほどポジションがキツくない。

要するに良くも悪くも”突出した特徴がないのが特徴”の様なバイク。

【歴史】

フルカウルのバイクが国内で最初に発売されたのは1982年のRG250ガンマ。

ガンマ

ただガンマはレーサーレプリカでどちらかといえばSSに近い存在。

カウル車が普及し始めてすぐは「カウル付き=高性能スポーツ車」というイメージがライダー間で先行・・・というかメーカーがそういう固定観念を生ませるような商法をとっていた。

では最初に生まれたオールマイティなフルカウルスポーツは?

といわれてパッと思いつくのは1987年(日本では1992年から)のCBR600Fかなと思う。Fコンセプトがまんまそうだし。

ガンマ

でも今でこそ600Fはフルカウルスポーツに見えるけど当時としてはCBR900RRの弟分でどちらかと言えばSSの要素が強かった。その後のF4とかF4iとかになるともう600RRの前身だしね。

そう考えると一般的なフルカウルスポーツなバイクが出始めたのは比較的近年からということになる。

話が逸れるけどカウルでバイクを覆うという発想自体は実はかなり昔からあった。

最初に生まれたカウル車は1954年のモトグッチが考えたV8 GP500。

ダストビンカウルという今見るとヘンチクリンなカウルを付けてる。ちなみにダストビンとはゴミ箱の意味。

モトグッチV8GP500

まだ「空力?何それ?」という時代だったレースでいち早く空力に取り組み作り上げたマシン。もちろん圧倒的な速さを誇り伝説へ。業界に空力、そしてカウルという概念を生みました。

余談ですが

実はこのカウル、その見た目からも分かる通り横風に非常に弱く、簡単に前輪を持っていかれ危険過ぎるということであっという間に禁止されました。
MotoGPにしろ市販車にしろ今のバイクのフロントフェンダーがタイヤにちょこんと載ってるだけなのもこういう事からです。

といってもこれはレーサーの話で、市販車として初めて出たフルカウルは1976年のBMW R100RS

R100RS

BMWはこの頃(最初から)から既にツアラーでした。

話がだいぶそれました。

昨今のフルカウルスポーツで代表的なのは

Ninja1000、VFR800F、CBR650F、XJ6 Diversion F、Bandit1250F、Ninja650、CBR250R、YZF-R25、GSR250FやNinja250・・・挙げだすとキリがないですね。

人によっては「それはSSだろ!ツアラーだろ!ネイキッドだろ!」と怒る方も居るかもしれません。それほど明確なジャンルとは言いがたい。

だた最近はネイキッドモデルとフルカウルモデルの2パターン(もしくはそれ以上)になってるタイプの物が増えてきましたね。

XJ6

このジャンルがここまで国内で認知が遅れたのは上でも言ったとおり「フルカウル=高性能車」というイメージで売っていたことで、新規は近寄りがたく、スペックを求められる既存の層からは見向きもされないという板挟み状態だったから。これは言ってしまえばメーカーの自業自得感もある。

ただ近年になって一時期猛威を振るっていたレーサーレプリカが絶滅し、SSやメガスポーツといったハイスペックフルカウル車も下火になってきたことからか、フルカウル車へのイメージも大分変わってきました。

存知の通りNinja250Rに端を発したCBR250RやGSR250SやF、それにYZF-R25などの比較的エントリーフルカウルスポーツ車が人気を呼んでいる状態ですね。

250カウルスポーツ

ほんの10年前では考えられない話です。

その頃はバイクといえばネイキッドで、フルカウルは

「レーサーみたいでダサい」とか「フルカウル車のかっこよさはバイク乗りにしか分からない」

とか言われてたから。

需要はまだ比較的エントリー層だけですが、エントリー層に需要があるということは数年から数十年後には日本でもフルカウルスポーツ車がオートバイのスタンダードになる日が来るのかもしれませんね。

「ネイキッドやSSなんて非合理的でダサい」

なんて言われる日がもしかしたら・・・

該当車種

VFRCB/CBR650FCBR250RRの系譜

FZ6/XJ6/FZ8YZF-R25/3の系譜

GSX250R/GSR250の系譜

NINJA650NINJA400NINJA250の系譜

などなど

種類一覧
ネイキッドネイキッド系
ストリートファイターストリートファイター系
オフロードオフロード系
モタードモタード系
マルチパーパスマルチパーパス系
ストリートストリート系
スーパースポーツスーパースポーツ系
フルカウルスポーツフルカウルスポーツ系
ツアラー系ツアラー系
メガスポーツメガスポーツ系
クルーザークルーザー系
スクータースクーター系
クラシッククラシック系

ツアラー系

ツアラーとは

文字通りツーリング(長距離)走行が得意なジャンル。

BMWが最も得意とする分野で日本メーカーが軒並み弱いジャンルだったりする。

 

【特徴】

程よい前傾姿勢に加え防風性&安定性&防振性がピカイチで、昨今では色んな快適装備も付属。

スペックや見た目が保守的だったり、高額な物が多いせいかあまり話題にはならず。

ツアラーなだけあって長距離や高速道路を走らせたらこのバイクの右に出るバイクはありません。

難点としては車格が結構あるので街乗りなどの短距離走行は少し辛いものある。

【歴史】

フルカウルスポーツの方でも言いましたが最初に出たツアラーは1976年のBMW R100RS。

R100RS

じゃあ国内で一番古いツアラーは何だ?

となると記憶が確かならホンダのGL1000。そうゴールドウィングの始祖様。

GL1000

アメリカ向けにZ1000の対抗馬として生み出されたって巷では言われてるけど、ホンダとしては上流階級が乗るグランドツアラーとして開発。

ただこのGL1000は国内では正式に売らなかったし、ゴールドウィングも日本に入ってきたのは750cc規制が無くなった1990年頃から。

じゃあ国内で正式に発売されたのはっていうと、恐らく1983年にホンダから発売されたシルバーウィング インターステート(GL650 SILVER WING)

シルバーウィング

これは元となったのはCX650ターボで、ターボ抜いてGL1100の大型フェアリングを装着したもの。

その後CBR1000FやRF900R、GPZ1100やFJ1100なんかがジワジワ出たり無くなったりを繰り返して今に至る。

ちなみに日本ではメガスポの方が人気で、ツアラーはあまり好まれない傾向が強いです。

ZZR250

ただZZR250/400などリトルツアラーは人気でした。

でもそんな紆余曲折がありながらも昨今では大型ツアラーが結構出てます。

ホンダからはVFR1200F、ヤマハからはFJR1300、カワサキからは1400GTRなどなどが出ていますが

BMW K1600

人気なのは今も昔もBMWです。

長年ツアラー作ってるだけのことはあります。

該当車種

GOLDWINGの系譜

FJR1300の系譜

1400GTRの系譜

などなど

種類一覧
ネイキッドネイキッド系
ストリートファイターストリートファイター系
オフロードオフロード系
モタードモタード系
マルチパーパスマルチパーパス系
ストリートストリート系
スーパースポーツスーパースポーツ系
フルカウルスポーツフルカウルスポーツ系
ツアラー系ツアラー系
メガスポーツメガスポーツ系
クルーザークルーザー系
スクータースクーター系
クラシッククラシック系

メガスポーツ系

メガスポーツとは

簡単に言うとSSとツアラーの間の子の様なのがメガスポーツ。

枠に囚われない排気量無制限のフラッグシップ的な立ち位置。

日本の独壇場というかスズキとカワサキの独壇場。

【特徴】

SSほどでは無いにしろ前傾姿勢で防風性&安定性&防振性もツアラーに次ぐものを持ってる。

良く言えばSSとツアラーの良い所どり、悪く言えばどちらも中途半端なバイク。

【歴史】

ツアラー系でも言ってるけど日本のツアラーの歴史が浅いのはメガスポーツというジャンルが早々に生まれたからと言えるかと。

世界最速の系譜を読んでもらえるとわかるんだけど、日本メーカーは大型バイクを作り出すとすぐに

「モアパワー・モア最高速」

へとシフトしていった。

これは消費者がカタログスペックを強く求め続けた結果でもあり、他社よりに抜きん出る最も効率的な方法だったから。それこそ、世界初の直四を積んだCB750FOURだって当時としてはメガスポーツです。もちろんZ1も。

GSX1100カタナ

GSX1100Sカタナだってそうだし、今やツアラーとなったFJR1300のご先祖FJ1100だって当時はメガスポーツ。

とにかくリッターバイクはほとんどがメガスポーツでした。

ただ当時はまだメガスポーツなんてジャンルはなく、各社とも各々が思うフラッグシップマシンを出す状態。

そんな中で今のメガスポーツの方向性を決定づけたバイクといえばやっぱり1990年に出たZZR1100

ZX1100D

147馬力で圧倒的な速さを誇り、業界はZZR一色に包まれました。カワサキも生産が追いつかないと嬉しい悲鳴を上げるほど。

10年以上にわたってロングセラーとなりました。

そしてもう一車種。

それは1998年に出たスズキ GSX1300R HAYABUSA

GSX1300R

ここらへんになると比較的新しいので記憶に新しい人も多いんでは無いんでしょうか?

ついに大台の時速300kmを超えた初めてのバイクということで世界最速の市販車としてギネスにも登録されました。

そりゃもうこれまた業界は隼一色でファイヤーブレードやR1といったカテゴリが違うバイクだろうがハヤブサとどっちが速いのか比較される始末。

ちなみにハヤブサが出た時はメガスポーツではなくアルティメットスポーツとかウルトラスポーツとか色んな呼び方がありました。メガスポーツと明確にジャンル分けされだしたのは本当にここ数年。

アルティメットスポーツ

この二車種によって”メガスポーツ=フルカウルで高馬力なバイク”という認識が広まりました。

面白いのは今やメガスポーツ界のパイオニアであるZZR1100もHAYABUSAも発売当初は総スカンで鳴かず飛ばずだったこと。

ZZRは外見が地味すぎると叩かれ、HAYABUSAは形が気持ち悪いし漢字がダサいと叩かれました。

しかし両車とも他を寄せ付けないとんでもないポテンシャルを持っていることがジワジワ広まり出したかと思うとあっという間に大ヒット車へ。

それからは皆さんご存知の様にメガスポーツはHAYABUSAとZX-14Rの二強が続いています。

HAYABUSAと14R

「何故ホンダやヤマハは追走しないのか」

と思う人も多いかもしれません。

この事についてホンダもヤマハも沈黙を守っていて、それっぽいニュアンスすら出しません。

推測ですが、恐らく世間に対するスタンス。

スーパースポーツは「サーキットで遊ぶためのマシン」という言い訳が立ちますが、メガスポーツになるとそれが立ちません。

ご存知の様に300km/h規制が出来たのも危険すぎるという世論から来たもの。世界シェアNo.1のホンダはそれを見て考え手を引いたんでしょうね。ホンダは業界一位という立場を理解していて、責任という言葉をよく口にしています。

CBR1100XXスーパーブラックバード

これは不確実な情報ですが、CBR1100XXの後継車も開発は進んでいたらしいのです。しかし世論の批判で300km/h規制が生まれたことで将来性も無くなったという事でお蔵入り。

ヤマハも同じ様な考えだと思います。

VMAX

メガスポーツとも言えるVMAXがそれまでのモデルから一気に二倍近い値段になり、ディーラー管理でガチガチという高いハードルを設けたのも、暴走行為を誰でも簡単に出来ないようにするためではないかと思います。

3ない運動というトラウマ級の過去を二度と起こさせたく無いんでしょうね。

まあしかしメガスポーツを止めたからじゃあ大丈夫かって言われたらそんなことないと思うんですけどね・・・

該当車種

CBR1100XXの系譜

VMAXの系譜

HAYABUSAの系譜

ZX-14Rの系譜

などなど

種類一覧
ネイキッドネイキッド系
ストリートファイターストリートファイター系
オフロードオフロード系
モタードモタード系
マルチパーパスマルチパーパス系
ストリートストリート系
スーパースポーツスーパースポーツ系
フルカウルスポーツフルカウルスポーツ系
ツアラー系ツアラー系
メガスポーツメガスポーツ系
クルーザークルーザー系
スクータースクーター系
クラシッククラシック系

クルーザー系

クルーザーとは

分かりやすいのはハーレーといった俗にいうアメリカンタイプ。

一番不況知らずのカテゴリだったりします。

 

【特徴】

全体的にローロングなボディが特徴。

低速からトルクモリモリで扱いやすいタイプが多く、足付きも良いことから女性などにも人気がある。

SSの対極的な存在でクルーズ(巡航)という文字通りゆっくり走るのが楽しいバイク。

勘違いされがちなのは楽そうに見えるポジションだけど、実は腰に一番良くない。

【歴史】

クルーザーの歴史といえばまあやっぱりハーレーですね。

いま主流のクルーザータイプを確立したのは間違いなくアメリカ生まれのアメリカ育ちなハーレーダビッドソン。

しかし実はこのタイプを最初に生み出したのはハーレーではなく同じアメリカのメーカーであるインディアンというところ。

インディアン チーフ

一時は最大手だったんですが、ハーレーダビッドソンに台頭される形で1959年に経営不振から解散。

だから生みの親はインディアン、育てたのがハーレーダビッドソンと言ったほうが正しいかな。

ちなみに当時1911年のマン島TTで上位独占するほどの性能で日本にも取り締まり用として50台ほど入っています。当時は白バイではなく赤バイ。

現在はもう無いに等しいのでアメリカのオートバイシェアも半数がハーレー、残りをその他で折半みたいな感じ。日本メーカーで唯一対抗できたのはゴールドウィングくらいなもんでしょうか。

国内でのクルーザーの歴史はどうかというと実は1933年からハーレーの輸入は行われていました。行っていたのは三共というなんと現製薬会社。

しかし関税と為替の問題から輸出禁止を条件に国内限定ライセンス生産に。それで生まれたのがVL1200というバイク。

陸王

それから数年後にはもっと日本製であることをアピール出来る商品にしようということで「陸王」というネームが付けられました。なんとなく聞いたことがある人もいると思います。

富裕層や軍を中心に好調だったのですが、終戦後の1950年代に入ると状況が一変。ホンダやスズキといった(当時としては)後発メーカーの快進撃が始まり、古いハーレータイプしか持っていなかった陸王に対抗する術なし。1959年に生産を打ち切り、1960年に倒産となりました。

それからはバルコムという店が再びハーレーダビッドソンの輸入代理店を始めますが、車体価格が高いのは相変わらずで需要は一部の富裕層のみ。

しかし1970年代に入るとクルーザーブームが訪れます。

キッカケとなったのはアメリカの有名な映画「イージーライダー」

easy riders

この映画の影響によりハーレーの知名度が一気に上がりました。

映画を見たことがない人でもタイトル、そして主題歌「Born To Be Wild」は聞いたことはあるのではないでしょうか?

しかしいくら知名度が上がったとはいえハーレーなんてとても庶民が買えるバイクじゃなかった。それでも若者を中心にクルーザー(アメリカン)に対する憧れは熱くなっていく一方。

こんな商機を日本メーカーが逃すはずは無く、その声に答える形でまず最初にヤマハが出しました。

1978年 XS650SPECIAL

XJ650special

XS650をベースにしたクルーザー。これが爆発的に売れた事で各社が追随。

それからは大中小、排気量を問わずネイキッドモデルをクルーザー風に仕立てたカスタム、スペシャル、GN、LTDといった派生モデルの乱発につぐ乱発が続いた。

派生としてのモデルばっかりだったのでエンジンがシングルだったりパラレルツインだったり直四だったり、キャスター(フロントフォーク)が全然寝てなかったり、無駄に速かったりと色々でした。

和製クルーザーをジャメリカン(ジャパン+アメリカン)と言うようになったのはこういったクルーザーとしてのセオリーを無視したアメリカンばかりだったから。

それでもかなりの台数が売れましたけどね。

更に1980年代後半になると第二次クルーザーブームが到来します。

キッカケはホンダが1988年に出した本格的クルーザーのSTEED

スティード

それまでの流用アメリカンから一線を画す本格クルーザー。これが比較的平均年齢の高かったクルーザー層とは別の若者を中心に大ヒット。

そしてこれまたブーム定番の流れといいますか、イントルーダー、エリミネーター、ドラッグスターといった本格クルーザーを各社出して一気に加熱したわけですね。

クルーザーは第二次バイクブームの立役者とも言われてたりします。

現在はどうかといえばやっぱりハーレーダビッドソン(スポーツスターやダイナ)の一強です。唯一ドラッグスター(スターシリーズ)が食らいついてる様な?食らいついていないような?

ああでもボルトが日欧で売れてるそうです。

ボルト

雰囲気やルックスが大事なクルーザーはやはりヤマハが得意とするところなんでしょうかね。

ハーレーダビッドソンのいないアンダー400はどうかといえば市場自体が。。。

400クルーザー

まあブームが去った後というのはどのジャンルもこんなものです。

昔ほど販売台数が伸びない事と質感を高めることに注力しすぎて車体が高騰してるのもあるとは思うのですが。

モデルによってはハーレーダビッドソンより和製クルーザーの方が高額なんて少し昔までは信じられなかった話ですね。

該当車種

VALKYRIEShadow400の系譜

DS400DS250の系譜

INTRUDER/BOULEVARDの系譜

などなど

種類一覧
ネイキッドネイキッド系
ストリートファイターストリートファイター系
オフロードオフロード系
モタードモタード系
マルチパーパスマルチパーパス系
ストリートストリート系
スーパースポーツスーパースポーツ系
フルカウルスポーツフルカウルスポーツ系
ツアラー系ツアラー系
メガスポーツメガスポーツ系
クルーザークルーザー系
スクータースクーター系
クラシッククラシック系

スクーター系

スクーターとは

町中を一番走っているバイクであろうスクーター。

端的に言うとシート下に収納スペースがあるオートマバイクという感じでしょうか。

【特徴】

・プーリーと呼ばれる円盤とベルトによるオートマチックが基本

・左右のレバーがそのままブレーキになってる自転車に近い形

・車体もホイールも小さく軽いので取り回しも楽ちんで125ccまでなら税金も安い

・反対に長距離は苦手な部類

・メットインと呼ばれる便利な荷物入れがある

という感じ。今さら細かい説明は要らないかと。

【歴史】

スクーターの歴史は非常に古くまた変化に富んでおり、全部書くと長くなるので割愛しつつ書いていきます。

スクーターの始まりは1902年にフランスで造られた『auto-Fauteuil(オトフォトイユ)』と言われています。

4stの433ccエンジンを搭載したモデルで名前の意味は

『走る椅子』

まさにそのままですね。ちなみに排気口を足元に持ってきてフットウォーマー代わりに使うアイディア付きでした。

その後、イギリスやドイツそしてアメリカなど欧米で走る椅子ことスクーターの開発競争が始まったんですが、その中でも現代スクーターの原型と言われているのが1920年にイギリスのユニバスというメーカーが作ったモデル。

ユニバスのスクーター

エンジンを椅子の下に収納し、小径ホイールを装着することで足付きの問題も改善した走る椅子。まさにスクーターですね。

こうしてスクーターの基本形が出来上がり、欧米のいろんな企業がOEMを含め造るようになり普及していきました。

日本のスクーター文化

「じゃあ日本はいつからなの」

っていう話をすると日本のスクーター文化は戦後の1946年からになります。

『隼』や『橘花』といった航空機を造っていた中島飛行機が敗戦によってGHQから平和産業への転身を迫られた事がキッカケ。

社名を富士産業(後にスバルとなる富士重工業の前身)に変え、会社を存続させるため農機具やトラック部品や食器など色々と手を出したうちの一つがスクーターだった。

何故スクーターだったのかというと

・進駐軍が使っていたこと

・儲け(単価)が大きい製品だったこと

などがあるんですが一番は内燃機で走るなど構造が

「航空機に通ずるものがあったから」

ですね。

そんな富士産業が幸運だったのは協力会社の野村工業に野村房男さんという御曹司が居たこと。彼は大のバイクマニアでありコレクターでもあったためアメリカのパウエルというメーカーが造ったスクーターを所有していた。

ストリームライナー

そこでそれを貸してもらい分解し、スクーターがどういう構造なのかを研究し1946年に完成したのが下のモデル。

ラビットS-1

『Rabbit S-1』

これが国産初のスクーターであり、日本のスクーター文化の始まりになります。

名前の由来はボディ後部の膨らみがうさぎの後ろ足に似ていたから。見た目もパウエルスクーターとソックリなんですが、決定的に違う所として荷台が付いている事にあります。

富士産業とパウエル

これはGHQから許可を貰うため。

というのも当時アメリカではスクーターは日常の足というよりも娯楽の乗り物という存在だったため、最初持っていった時は許可が下りなかったんですね。

そこで荷台を付けて

「これは娯楽の乗り物ではなく物資を運ぶための道具です」

と説得しなんとか許可を得ることに成功したという話。

ラビットの系譜

こうして始めたスクーター事業は順調にモデルも台数も右肩上がりで増えていきました・・・が、戦後のスクーターといえば有名な所がもう一社ありますよね。

そう、三菱重工業のシルバーピジョン。

シルバーピジョン

『零戦』を始め多くの軍事産業を担っていた三菱重工業も富士重工業(中島飛行機)と同じように平和産業への転換を迫られた事でスクーターを開発していました。

ただし三菱重工業が参考にしたのはパウエルではなくまた別の米メーカーのスクーター。

サルスベリーモーターグライド

サルスベリー社のモーターグライドを参考にした。そしてラビットから半年遅れで登場したのがこれ。

シルバーピジョンC-10

『Silver Pigeon C-10』

シルバーピジョンの最初のモデル。名前の由来は平和産業であることをアピールするためと言われています。

ただ当時のスクーターは今と違い、大卒の初任給が500円前後だった時代に

『ラビットスクーターS-1:12,000円』

『シルバーピジョンC-10:45,000円』

という価格設定で一般庶民はとてもじゃないけど買えない高級車だった。

しかしそれでも乗用車が禁止されていた事から富裕層や公用として人気というか需要がありました。この需要は乗用車が解禁された1950年代に入っても変わらず、乗用車がおいそれと買える乗り物ではなかったことから今度は所得が上がってきたサラリーマン等がこぞって買うように。

つまり最初期は富裕層に、そしてその後はサラリーマンなど労働者の足として年を追う毎に拡大していったのが日本のスクーター文化の始まり。

こうして改めて振り返ると

「日本のモータリゼーションはスクーターから始まった」

といっても過言ではなく、皆のよく知るホンダやカワサキやヤマハもそんな市場を狙ってスクーターを造り参入した歴史があります。

ホンダとカワサキとヤマハ

しかしものの見事に全部失敗に終わりました。

原因は単純に技術力不足で、商品として問題があり大不評だったためスクーター事業からすぐに撤退。どのメーカーも黒歴史と化しています。

今では信じられない話ですが、逆に言うとそれだけラビットとシルバーピジョンが優れていたという話。

ちなみに意外に思うかも知れませんがもう一つの日本を代表するバイクメーカーであるスズキはこの頃まだスクーター事業に参入していません。

そんなスクーターなんですが1960年代の末に終わりを迎えます。

三菱重工業は1964年のC-140とC240をもって生産終了。

シルバーピジョンC-140/C-240

最後まで残っていた富士重工業も1968年のS-301をもって生産終了。

S-211

スクーターを製造販売するメーカーが居なくなり、文化が完全に途切れる事となりました。

【総生産台数】

シルバーピジョン:約46万台

ラビットスクーター:約63万台

相次ぐスクーター事業からの撤退ですが、この理由は大きく分けて二つあります。

一つは三菱も富士もより規模(儲け)が大きい四輪事業に力を入れた事が一つ。そしてもう一つは1958年にあるモデルが登場したから。

C100

『SuperCub C100』

皆さんご存知スーパーカブです。

一番簡単な免許である原付一種(50cc)に該当しつつも、圧倒的な性能と革新的なデザインで多くの人がカブを買い求めるようになり、時代はスクーターからモペット(ステップペダル付き)が求めるように。つまりもうスクーターを造って売っても旨味がない市場になってしまった。

当時のポスター

余談ですがこのスクーターからモペットへの移行は1940年代の欧州で起こっていた事。それを本田宗一郎と藤沢武夫(副社長)が欧州視察の際に知り、そのトレンドを日本に持ってくる形で生まれたのがスーパーカブなんですね。

でも現代の日本ではどちらかというとスーパーカブよりスクーターの方が町中を走っていますよね。

そのキッカケはスーパーカブ誕生から約20年後となる1977年になります。

パッソル

「パッソルS50」

ヤマハがステップがあるモペットではなくステップスルーの原付、つまりスクーターを11年ぶりに復活させたんです。

何故ここに来てスクーターを出したのかというと、ホンダがこの一年前にあたる1976年に自転車の延長線上にあるようなキック要らずの原付を出してヒットしたから。

ロードパル

『ロードパル』

女性の社会進出が進んできた事をうけて造られたキック要らずの女性向けモペット。ラッタッタの愛称でもお馴染みですね。

これがヒットしたのを見てヤマハが

「女性はスカートを履くから跨るタイプよりステップスルーが良いだろう」

という事でスクーターを再び開発し販売したというわけ。

この狙いが見事に的中。

バイクとは無縁だった層を掘り起こす空前の大ヒットとなり販売台数が伸びた事でホンダを追い越せると更に攻勢に出た事で、1980年頃からヤマハとホンダで仁義なきシェア争いが勃発。

ロードパル

新型スクーターのぶつけ合いや被せ合い、それにダンピング合戦が行われました。

その結果スクーターが市場へ大量に出回る事となり、ちょっと前まで消えていたのが嘘のように当たり前な乗り物として多くの人に認知されるようになった。

こうしてスクーターが復権したんですが、あまりにも増えすぎた事で事故も急増。

この事態を重く見た国は1986年に

『原付(50cc)のヘルメット義務化』

を課すことにしました。※51cc以上は既に義務化

今でこそ当たり前なヘルメットですが当時は利便性が大きく損なわれたと販売台数も急落。しかし同時にこれがスクーターを原付を象徴する乗り物に押し上げるキッカケにもなった。

初めてのメットインスクーター

『メットインスクーター』

の誕生です。

上の写真はそれを一番最初に備えた1985年のヤマハ・ボクスンというモデル。

今でこそスクーターにとって当たり前な機能ですがこれはヘルメットという規制があったからこそ生まれた面があり、移動手段としてバイクを使っていた人達にとってこれほど便利な機能はない。

結果として下駄として使う原付ユーザーの多くがメットインスクーターを選ぶようになりそれが

「原付といえばメットインスクーター」

という常識を生み、現代も続いているという話。

本当にザックリですが、これが現代のスクーターの成り立ちみたいなものです・・・が、スクーター文化はこれだけじゃ終わらない。

1990年代になるとメットインスクーターがコミューターとして確固たる地位を築き上げ生活の一部として根付いたわけですが、同時に日本には世界的なバイクメーカーが多く存在していたため絶えず競争が行われていた。

そうした競争の末、日本で新たな形のスクーターが生まれました。

ビッグスクーター

『ビッグスクーター』

です。

乗り心地やタンデム性それに安定性や加速性など従来のスクーターの弱点を補うまさに大型バイク版スクーター。

最初にこの形を出したのはホンダで、国内最大排気量かつ大容量のメットインを備えた

『1984年:SPACY250FREEWAY』

またはクルーザー要素を取り入れることでスクーターが苦手としていた長距離走行とタンデム性を向上させた

『1986年:FUSION』

がその始まりと言われています。

スペイシーとフュージョン

しかし両者ともコンセプトは良かったものの80年代の250はレーサーレプリカ(スポーツ全盛)時代だったため注目されず。

ではこのビッグスクーターという新しいカタチを認めさせたのは何かといえば1995年にヤマハが出したモデル。

初代マジェスティ

『MAJESTY』

です。ここまで来ると知っている人も多いのではないかと。

大人のセダンバイクというコンセプトで造られたエアロボディのおしゃれなビッグスクーター。

これが人気を呼んだことでビッグスクーターが認知されるようになったんです・・・が、ここで終わらなかった。ビッグスクーターが確立して10年ほど経った2000年代半ばにブームが起きます。

元々ビッグスクーターというのはどちらかというとオジサマ向けの乗り物だったんですが、いわゆるVIP感がある事から若者のハートにささった。

加えて250なので負担も軽くオートマでメットインという便利な装備も付いている。つまり何故ビッグスクーターブームが起きたのかといえばカスタムが栄えた事から見ても

クルーザーブームからビッグスクーターブームへ

「使い勝手が良いアメリカンみたいなバイク」

という認知のされ方をしたから。ある意味ではクルーザーを食った形なんですね。2010年代に入るとそのブームも収まって大人のセダンバイクという本来の立ち位置に戻りましたが。

最後に少し余談をすると、実はこのビッグスクーター文化はスクーター発祥の地である欧州にも影響を与えているんです。

向こうでも排気量が大きいスクーターはあったものの大容量のメットインとエアロデザインのクルーザーチックなビッグスクーターは存在していなかったため意外とウケた。

イタリアでのビッグスクーター

今では欧州向けビッグスクーターなども出しているように

『Maxi Scooter』

として認知され欧州メーカーまでもが参入。しのぎを削るジャンルにまで成長という文化の逆輸入を起こすまでに至ったという話。

ちなみに一番最初にビッグスクーターを本場欧州に持ち込み、広く認知させるキッカケとなったモデルが何かというと1998年に出たこれ。

バーグマン400

『BURGMAN400(和名スカイウェイブ400)』

意外にもスズキなんですね。

参考文献
・日本のスクーター(小関和夫|三樹書房)
・二輪車1908-1960(小関和夫|三樹書房)

該当車種

FORZAPCXLEADの系譜

TMAXMAJESTYCYGNUS系譜

SKYWAVE250ADDRESSの系譜

などなど

種類一覧
ネイキッドネイキッド系
ストリートファイターストリートファイター系
オフロードオフロード系
モタードモタード系
マルチパーパスマルチパーパス系
ストリートストリート系
スーパースポーツスーパースポーツ系
フルカウルスポーツフルカウルスポーツ系
ツアラー系ツアラー系
メガスポーツメガスポーツ系
クルーザークルーザー系
スクータースクーター系
クラシッククラシック系

クラシック系

クラシックとは

最も説明が難しく書きたくないジャンル。

要するにオールドルックなバイク。

【特徴】

使い勝手や性能などを追わず”意図的”な古いデザインで味を楽しむバイク。

デザイン的に言えば1950年頃のカフェレーサーバイクな物が多い。

本当に古いバイクはビンテージ、そのビンテージバイク風な新しいのがクラシック。

シングルクレードルフレームに空冷シングルやツインを積んだのがクラシック・・・説明が難しい。言葉足らずですいません。

【歴史】

正直クラシックの歴史と言われても説明しかねます。

どこまでがビンテージでどこからがクラシックなのか・・・そこでとりあえずクラシックと思われるものを挙げていこうと思います。

有名なメーカーとしてはノートンですかね。

クラシックとは

1898年設立されてから紆余曲折ありながらもやっていってるイギリスの老舗バイクメーカー。

代表的な車種は写真のコマンドー。といってもノートンも昔はマン島TTで優勝するほどのスポーツメーカーだったんですが。メグロの手本となったバイクでもあります。

もう一つ挙げるとするならロイヤル・エンフィールド。

クラシックとは

名前くらいなら聞いたことがある人も居るのではないでしょうか。

ノートンに次ぐイギリスの老舗バイクメーカー。バイクを始めるまでは自転車を作ってました。

見た目だけでなく造りも本当にクラシックなため

「本当のクラシックバイクを作ってるのはロイヤル・エンフィールドだけだ」

という声まであります。

今はインドの会社に買収されたためインドのメーカーの子会社となってます。

まあただここらへんのメーカーのバイクは高額だし日本では馴染みもないのですっ飛ばします。

ファンの方はすいません。。。

日本メーカーで言えばカワサキエストレヤやW800、スズキで言えばST250、ヤマハで言えばSR400辺りがそうでしょうか。

クラシックとは

ただWでもK2やW1なんかはクラシックどころか当時はハイスペックマシンだったし、今で言えばビンテージ。

何処でビンテージとクラシックを分ければいいのか微妙だけど、Wで言うなら恐らく復刻した1999年のW650からかと。それでももう15年以上前ですが。

クラシックとは

1992年に出たエストレヤの場合は最初から250cc版メグロとして出たので間違いなくクラシックでしょう。

クラシックとは

スズキのST250もボルディの後継とは言え十分クラシック。

んで問題は1978年に出たSR400。

クラシックとは

「SRこそクラシックの代表じゃん!」

って思われるかもしれませんが、SRも発売当初はクラシックというよりスクランブラー的な立ち位置でした。

スクランブラーっていうのは未舗装路もソコソコ走れるバイク。元となっているのがビッグトレールのXT500だから成せた技ならぬバイクです。こう見えてショートストロークエンジンなんですよ。

時代にだんだんついて行けなくなってSRX400が出たあたりからクラシックに方向転換し始めたんですが、ほとんど形変わってないっていう。

今どきキックスタートしかない市販車なんてこれくらいじゃなかろうか・・・

クラシックの説明は本当に難しいです。大きなブームや流行などはないものの、いつの時代も一定数の需要があるのも事実です。

本人が古き良き渋さがあると思えばそれはもうクラシックかと。

ネオレトロ

2010年頃からクラシックなバイクをメーカーが出していますが、アレは欧州で流行っているネオクラシックまたはネオレトロといいます。

すごく簡単に言うと、比較的新しいバイクをベースに性能や利便性はそのままにスタイルだけ古くしたバイクのことです。

該当車種

GB250の系譜SR400の系譜ST250の系譜Wの系譜ESTRELLAの系譜MOTO GUZZIの系譜 などなど

種類一覧
ネイキッドネイキッド系
ストリートファイターストリートファイター系
オフロードオフロード系
モタードモタード系
マルチパーパスマルチパーパス系
ストリートストリート系
スーパースポーツスーパースポーツ系
フルカウルスポーツフルカウルスポーツ系
ツアラー系ツアラー系
メガスポーツメガスポーツ系
クルーザークルーザー系
スクータースクーター系
クラシッククラシック系

RS4 125 -since 2011-

RS4 125

4stとなったRS125改めRS4 125

アプリリアのファミリーフェイスを取り入れた事でSBKチャンピオンマシンのRSV4と瓜二つな外見になりました。

そして何より4st化に伴いエンジンは勿論のこと、長く使われてきたRS125プラットフォームから脱却し新しいフレームと足回りに。

RS4エンジン

ちなみにエンジンはROTAXではなくデルビ製(GPR125)の物をベースなんだけど、ヘッド・シリンダー・ピストン・FI化などほぼ別物と言っていいほど手が加えられている。

あとこれ。

クイックシフター

クイックシフターがOPで用意されてる。125でクイックシフターなんて・・・

4st化に伴ってパワーバンドが広くなり2st時代とは比べ物にならないほど乗りやすくなってます。とは言うものの125の中でもトップのビッグボアショートストロークなので回してナンボなのは相変わらず。

先代に比べ軽くなったんですが、やっぱり15馬力という大幅なパワーダウンで牙が無くなったと言われるRS4。それは日本だけではなく海外でも同じように言われているわけですが、こういった見解もあります。

RS4 125

「4stになってパワーは無くなった。しかしその分だけ信頼性が上がりボアアップが容易になったと考えれば歓迎出来る。フレーム剛性は十二分だし、何より長く乗るならばね。」

言われれば確かに。

エンジン:水冷4サイクルDOHC単気筒
排気量:124cc
最高出力:
15ps/10500rpm
最大トルク:
1.12kg-m/8500rpm
車両重量:120kg(装)

【関連車種】

GROMの系譜YZF-R125の系譜Z125の系譜Small DUKEの系譜

AF-1

1987年
AF-1 125
(AF1)

R125EXTREMA

1991年
RS125
(Gs)

RS125MP型

1995年
RS125
(Mp)

RS125SF型

1999年
RS125
(SF)

RS125Py型

2006年
RS125
(Py/RD/RM)

RS4 125

2011年
RS4 125

RS125 (Py/RD/RM) -since 2006-

RD型

外見がグッと新しくなりラジアルマウントキャリパーなど足回りが完全にSSで妥協点が見当たらない第三世代のR125のPy型。2stとしては最後のRS125になります。

日本に入ってきたのは2006~2008までの28馬力モデルのみ。理由は日本の排ガス規制に通らなくなったから。だから日本ではMY(Model Year)06とかMY08って言われたりしてますね。

RS125

もう最後だぞ!もう最後だぞ!とアチコチで言われていたのを思い出します。

ちなみに海の向こうでは2009年以降も売られていたんですがEURO3(排ガス規制)が始まったことで24馬力にまで抑えられています。

タイトルの型式(タイプ)がこのモデルだけ3つもあるのはそれに伴って出力が違うから。

【TYPE:Py(EURO2モデル)】
日本にも正規で入ってきた06-08の28馬力モデル

【TYPE:RD(EURO3モデル)】
上をカットして15馬力になっているVHST28の07-08モデル(ゴニョゴニョで24ps/10500rpm)

【TYPE:RM(EURO3モデル)】

これがホントの最終モデル(08-11)でEURO3に対応しつつ23馬力と頑張ってるモデル

最終モデル

並行輸入車に手を出す猛者が居たらいけないので参考までに。タイプはマニュファクチュアプレートに書いてます。

しかしまあこんなぶっ飛んだ125は免許改正もあってもう二度と出ないでしょうね。

イタリアを筆頭に巻き起こってた2st125レーサーのブームもこの頃は完全に去っていてNSR125を始めとしたライバルはとっくに消えてたんだけど、アプリリアは最後の最後まで2stを諦めなかった。

エンジン:水冷2サイクルクランクケースリードバルブ単気筒
排気量:125cc
最高出力:
28[15]{23}ps
10500[8500]{10000}rpm
最大トルク:
1.9[不明]{1.8}kg-m
9000[不明]{9500}rpm
車両重量:137kg(装)
※[]内はRD
※{}内はRMモデル

AF-1

1987年
AF-1 125
(AF1)

R125EXTREMA

1991年
RS125
(Gs)

RS125MP型

1995年
RS125
(Mp)

RS125SF型

1999年
RS125
(SF)

RS125Py型

2006年
RS125
(Py/RD/RM)

RS4 125

2011年
RS4 125

RS125 (SF0/SF1) -since 1999-

SF型

目まぐるしく変わるRS125の中で最も長寿なSF型。

型式としてSF0とSF1と二種類あります。これには理由がありまして・・・

まずSF0(1999-2003)の方から。MP型の後継として登場したわけですが、大きな変更点は先代まで使われていたビッグキャブ(32mm)が28mmの小径に変えられ若干マイルドになりました。まあそれでもピーキーなのは相変わらずですが。

そして問題はSF1型(2003-2005)の方。

SFF

SF1型は2003年後半以降のモデルの事なんですが、何で分けられてるのかというと厳しくなった排ガス規制(EURO2)に対応するために、触媒入りチャンバー&エンジンヘッドの変更で馬力が28馬力にまで抑えられてるんです。それがSF1型です。

キャブを大径にしてCDIをゴニョゴニョすればパワーが上がるとか。まあ28馬力あれば十分な気もするけどね。

エンジン:水冷2サイクルピストンリードバルブ単気筒
排気量:125cc
最高出力:
34ps/11000rpm
最大トルク:
2.5kg-m/9000rpm
車両重量:115kg(乾)

AF-1

1987年
AF-1 125
(AF1)

R125EXTREMA

1991年
RS125
(Gs)

RS125MP型

1995年
RS125
(Mp)

RS125SF型

1999年
RS125
(SF)

RS125Py型

2006年
RS125
(Py/RD/RM)

RS4 125

2011年
RS4 125