「操る楽しさ(Fun to Ride)」
一言で表すなら公道を走れるMotoGPマシンRC213VであるRC213V-S。
税込みで2190万円ながら世界で約200台強(シリアルレス含む)が作られ発売された模様。正式な生産台数は明らかになっていません。
ちなみにカラーリングはトリコロールと全塗装向けカーボンモデルの二種類。
開発メンバーはRC212VやCBR1000RRW(ワークスのW)の開発責任者を務められた宇貫さんをトップに、同じようにRCVに携わって来た人達ばかり。
目標は至ってシンプル。
「公道を走れるRC213Vを作る」
ということ。
同じV4スーパースポーツという事でRC30/45と同列に語られていたりしますが、生い立ちは全く違うバイクです。
RC30/45は市販車レースで勝つために作られたホモロゲーションモデル。VTR-SPなんかもそう。
対してRC213V-Sは二年連続MotoGP三冠達成を記念して作られたメモリアルモデル。だからどちらかといえばNRの方が近い。
ちなみに市販車レースには車体価格がレギュレーション(40,000ユーロ)を余裕でオーバーしているので出場できません。
ところでRC213V-Sについて少し検索してみると
「2190万円」
「公道MotoGPマシン」
といった話題性のある言葉だけで何が凄いのか(需要ないからか)書かれていないのでまず
「RC213V-Sの凄い所」
を少しだけ書いてみます。
まずはもちろんエンジンから。
ホンダレーサーの証である360度クランクV4、そして十八番であるカムギアトレインをVTR-SP以来となる十数年ぶりの採用。
ホンダが一般的な市販車でカムギアトレインを止めたのは騒音の問題もありますが
「高耐久&高精度&小型」
な歯車が何個も必要でチェーンの比ではないコストだから。
予算もヘッタクレも無いRC213V-Sでは採用して当然ですね。
まあそこら辺は如何にもホンダのV4スーパースポーツという感じなので特に驚くような事では無いかと。
しかしエンジンの外見を見てみると何やらそれまでの市販車とは違う歪さがある。
オイルパン(オイルを溜めるエンジン底面)が面白い形をしているのが分かると思います。
これはRC213V-Sがセミドライサンプという方式を取っているから。
オイル室がエンジン(クランク)の底あるのがウェットサンプ方式、別の部分に溜めるのがドライサンプです。
人間で言えばウェットサンプは足湯~掛け湯で、ドライサンプはシャワーだけみたいな感じ。若干違いますが。
ではRC213V-Sのセミドライサンプが何なのかというと、オイルは先ほど言ったファラオの顎飾りの様な細長い部分に溜められています。
「じゃあウェットサンプじゃないか」
と思いますが、実はそのプールがあるのはエンジン(クランク)の下ではないんです。
一つ後ろにあるミッション室の下の深い所でクランク室はギチギチ。
これはクランクの動きをオイルに邪魔させないため。
クランクの下に溜めるウェットサンプはシンプル構造でエンジンをコンパクトに出来る反面、状況によってはオイルプールが偏り、回っているクランクが沈んで(叩いて)しまうんです。
回っているクランクにとってはこれが抵抗(撹拌抵抗)となりレスポンスが悪くなってしまう。
「オイル量を減らすとレスポンスが上がる」
って聞いたことがあると思いますが、それもこの状況を防ぐため。下手したらエンジン壊れますけどね。
ちなみに0.1km/Lでも伸ばす事に血眼になっている最近の四輪エコカーが0w-20のサラサラオイルが標準となったのもこれが大きな理由です。
その心配がドライサンプなら要らない。
何故ならクランクの下には最低限のオイルしか無いから。
オイルラインをわざわざ別に設けないといけなくなるのでコストは跳ね上がりますがRC213V-Sには関係ない話。
更にセミドライサンプにはもう一つ狙いあります。それはクランク内圧というやつです。
クランク室は真空ではなく空気が入ってます。
ここで問題となるのがピストンが膨張や吸気時など下がる時にクランク室を圧縮(圧迫)して高圧にしてしまう事。高圧になるとピストンの動きを妨げるのでロスになります。
そこでRC213V-Sはドライサンプを活かしたクランク内圧コントロールをしている。
クランク室からのオイル回収ラインに一方通行のワンウェイリードバルブを設けているんです。
こうすることでクランク内圧を低く保つだけでなく、クランク底に落ちてきた回収待ちのオイルもピストンの圧を利用して効果的に回収できるという正に一石二鳥なシステム。
これらによってRC213V-Sは一般的な直四に対し、最大25%もポンピングロスを減らしています。
レスポンスが全然違うと言われているのはこれが大きな理由。ちなみにこれはロッシがブイブイ言わせていたV5時代のRC211Vによって生み出されたMotoGP技術。
お次はフレーム。
フレームの説明は至ってシンプル。
RC213Vとほぼ同じ材質を、同じ職人による手溶接(TIG)で作ったハンドメイド品。つまりRC213Vとほとんど同じ物ということ。
このスイングアーム(品番:52200-MJT-E00)だけでCBR1000RRが買えます。
約200万円です。
メインフレーム(品番:50010-MJT-E00)になると更に倍の約400万円です。
そういえばRC213V-Sが出た時には、このハンドルから生えているミラーも話題になりましたね。
これは結局
「レーサーはカウルからミラーなんて生えていない」
という事からMotoGPで(接触による誤作動防止の為に)装備が義務付けられているレバーガードにミラー機能を持たせる事にしたわけ。
MotoGPみたいでカッコ良いからこれだけ取り寄せようとするも・・・
片方約25万円、両方で50万円という値段に閉口する人達・・・ミラーだけで50万もするなんて誰も思いませんよね。
でも驚く事はまだあります。
スペシャルモデルといえど消耗品は一般的なバイクと同じ。だけどやっぱり値段もスペシャル。
例えばエアフィルター
約4万円します・・・ただのフィルターが。
フィルターといえばもう一つ、オイル交換の二回に一回は交換するよう言われているオイルフィルターがありますね。
RC213V-Sは軽量化の為かカートリッジ式ではなくフィルター二層式を採用しています。
2つ合わせて約8万円もする・・・しかもオイルクーラーとエキパイを外さないと交換できない整備性の悪さ。
最後は点火プラグですが約3万円と良心的。
・・・と思いきやV4なので×4で12万円。
恐らくNGKに作らせた専用のロングリーチレーシングプラグ。
車体価格が桁違いだとランニングコストも桁違いということですね。
215馬力となるスポーツキット150万円がお買い得に思える。※価格はUSホンダより
少し小話・・・というかやっと本題。
RC213V-SはRC213Vと同じかと言われると
「同じとも、全然違うとも言える」
が正直な所です。
というのも”肝心要の部分”がRC213V-SとRC213Vでは全く違うんです。MotoGPに詳しい方なら何が言いたいのか分かると思います。
いい加減長くなりすぎているので巻き気味に説明しますが、違う部分は大きく分けて3つです。
一つ目は
「コイルスプリング式バルブ」
バルブというのはバネの力で戻る(閉じる)構造になっています。これはカムチェーン方式でもカムギア方式でも同じ。
ではRC213Vがどういうバルブ駆動をしているのかというと
「ニューマチックバルブ」
というバルブ駆動方式を採用しています。簡単に言うとバネの力で戻すのではなく、気圧(窒素圧)でバルブを戻しているんです。
これは回転数を上げていく中で、バルブを戻すバネがカムの速さに追いつけず正常に動作しなくなるバルブサージングという現象が問題となったから。
気圧(窒素圧)なら質量が無いに等しいのでそんな心配は要らない。硬さも自由自在です。
MotoGPでは当たり前の装備・・・でもそれがRC213V-Sには付いていない。
二つ目。
「ドッグクラッチ式ミッション」
ドッグクラッチ式というと聞きなれないかと思いますが、要するにRC213V-Sのミッションは普通のバイクと同じ常時噛合式ミッションです。常時噛合式の説明については>>VFR1200Xの系譜をどうぞ
RC213Vはこれも違います。
RC213Vはシームレス式ミッションを積んでいます。
普通ギアチェンジをする時は、嵌っているドグを抜いて次のドグを嵌め込む。例えば下の図で言うと今は一速が入っている状態。
ここから二速にしようと思ったら、先ず一速のドグ(黄色)を外して、二速(右下)のドグを入れるから
「1→N→2」
となる。
ところがシームレス式は一速のドグが噛んだまま、二速のドグも入れる。
普通のミッションでこれをやるとロックして吹っ飛んでしまうんだけど、シームレス式は先に入っていた方が空回りし始める仕組みになっている。
そうなってから一速側のドグを抜くから
「1→2」
とニュートラルを挟まなくなる。つまり駆動力が一切抜けないというわけ。
詳しい仕組みは・・・知識不足とブラックボックスな事もあって分かりませんでしたスイマセン。
ちなみにDCTとは違います。シームレス式はMotoGPでDCTが禁止されていた事から生まれた技術です。
最後の三つ目。
「エンジンがセル始動」
RC213Vはタイヤローラーという後輪を強制的に回す機械による押し掛けでしか始動出来ません。
対してRC213V-Sは重いセルモーターを付けてあるのでボタン一つで簡単に始動出来る・・・。
いやいやオフザケではなく真面目な話ですよ。
RC213V-SがRC213Vと肝心要の部分が違ってしまった理由はここにあるんです。
一つ目のニューマチックバルブは走行毎に窒素を充填しないと動きません。
二つ目のシームレス式ミッションは耐久性に難がある上にウン千万するユニットです。
三つ目のタイヤローラー始動は一人では出来ません。
「こんなのRC213Vのレプリカじゃない」
という声もよく分かります。
でもじゃあセル外して、ガラスのミッション載せて、充填が必要なバルブ駆動にした方が良かったのかというと、そうは思わないでしょう。
更に言うなればRC213Vはハンドルの切れ角が僅か15度しかないし、サイドスタンドもイグニッションキーも付いていない。細かい所を言えば他にもあります。
それで公道を走る事が出来るかと言えば絶対に出来ない。
レースに携わる人達が口を揃えて言う事があります。
「市販車はレーサーになれないし、レーサーも市販車にはなれない」
SSやレプリカの資料でメーカー問わず何度も見聞しました。
少し前に書いたFZR400RRの開発者もYZRのレプリカを作る意気込みでワークスチームに相談したら、そう言い放たれショックを受けたと言っています。
「じゃあRC213V-Sはただのプレミアバイクか」
というとそれは絶対に違います。
これ以上レーサーに近い市販車は存在しません。最もレーサーに近いバイクだからこそ敢えて厳しく現実を言っているんです。
要するに我々の思うレーサーと本物のレーサーには大きな隔たりがあり、公道仕様にする以上は妥協しないといけない部分が必ず出る。
それはたとえ2190万円もするRC213V-Sとて例外ではないという話です。
「じゃあRC213V-Sは何を再現したのか」
って話ですが、もちろん再現したのはRC213Vです。
肝心要の構造は違う。でもなにも構造を真似る、模する事だけがレプリカではありません。
「真に速いマシンは誰が乗っても扱いやすい」
これはホンダの、HRCの、RC213Vの考え。
実際RC213Vは拍子抜けするほど乗りやすいとよく言われている。
RC213V-Sが再現したかったのは見た目や構造ではなくこれです。
“真に速いマシンの極致であるRC213Vの操縦フィーリング”
です。
2190万円という高額になってしまったのも、挙げきれないほどの装備や技術も、それを再現する為。
「操る楽しさ(Fun to Ride)」
この開発コンセプトの意味はそこにあるわけです。
主要諸元
全長/幅/高 |
2100/790/1120mm [2100/770/1120mm] |
シート高 |
830mm |
車軸距離 |
1465mm |
車体重量 |
170kg(乾) [160kg(乾)] |
燃料消費率 |
– |
燃料容量 |
16.3L |
エンジン |
水冷4サイクルDOHC4気筒 |
総排気量 |
999cc |
最高出力 |
70ps/6000rpm {159ps/11000rpm} [215ps以上/13000rpm] |
最高トルク |
8.8kg-m/5000rpm {10.4kg-m/10500rpm} [12.1kg-m以上/10500rpm] |
変速機 |
常時噛合式6速リターン |
タイヤサイズ |
前120/70-17 後190/55-17 |
バッテリー |
YTX5L-BS |
プラグ |
R0486A-9 |
推奨オイル |
– |
オイル容量 |
– |
スプロケ |
前17|後42 |
チェーン |
サイズ520|リンク- |
車体価格 |
21,900,000円(税込) ※{}内は欧州仕様 ※[]内はレースKIT装着仕様 |
系譜の外側