「大いなる余裕。男の王座―――」
1971年の東京モーターショーにて登場したスズキ初のナナハンとなるGT750。
ツルツルなエンジンを見てもらうとわかる通り、この時代としては非常に珍しく、国産車としては初となる水冷エンジンを搭載しているのが特徴です。
ナナハンという言葉を生みだしたCB750FOURから2年後の話といえばどれだけ最先端だったのかが分かるかと。ちなみにGT750の販売価格はフォアと同じ385,000円と、バチバチな感じでした。
そんなGT750ですが
『2st/水冷3気筒/738cc』
という要素を見ると、さぞやとんでもない速さだったのだろうと思うわけですが、実際は最大トルクを5500rpmで発揮しつつ67馬力となっている怒涛のトルク型で、比較的重めの車重も相まってドッシリ威風堂々と走るビッグネイキッドらしいモデルでした。
そんな性格な事に加え、水冷エンジンということから
「ウォーターバッファロー」
という愛称で呼ばれていた事をご存じの方も多いと思いますが、この愛称はアメリカで付けられたもの。オーストラリアではウォーターボトル、そしてイギリスでは
「ケトル(やかん)」
という愛称で呼ばれていました。それだけ水冷が珍しかったという話ですね。
そもそも何故このバイクを造ることになったのかというと、時代を少し遡った1960年代後半。この頃、スズキのフラッグシップとして君臨していたのは2stツインのT500というモデルでした。
レーサーとして活躍していたT20のレプリカ的な立ち位置で最高時速180kmオーバーの超スポーツモデル。性能への疑いが一切無いことから北米を中心に海外で大ヒット。
そんな中でナナハンが登場したもんだから
「対抗すべく新型を投入しなければ。もちろんウチは2st、今度は水冷に挑戦しよう。」
とスズキの顔としてお馴染みの横内さんが考えていた時にスズキの二代目社長だった鈴木實次郎さん、のちに三代目社長になる鈴木修さんの叔父(義姉の夫)だった社長が
「T500にもう一気筒足せ。そうすればナナハンになる。」
という単純明解なアイディアを出した事で、水冷&トリプルというGT750の開発がスタート。※紺碧の天空を仰いで横内悦夫・回想録より
しかし前代未聞のコンセプトだったので当然ながら開発は難航。何が一番大変だったかといえばもちろん水冷システム。
何度もいうように当時はまだ水冷の量販車がほぼ存在しない時代。塩梅など全くわからない状態だった。
そんな中で水冷開発において最も重視されたのが
「冷却水沸騰による噴き出しを絶対に防ぐ事」
でした。
ご存じの方も多いと思いますが、冷却水がエンジンの熱を奪って温まり膨張するんですが、それを閉じ込めることで圧力を高めるようになっている。そうすることでキャビテーション(気泡)や沸点上昇による外気との温度差などを利用して冷却性能を高めるわけですが、圧力が掛かっているので一歩間違うと熱い冷却水が噴射してしまう恐れがある。
GT750にはそれを防ぐための配慮がこれでもかというほど込められているんです。
例えばラジエーターの蓋であるプレッシャーバルブですが、並列エンジンを積んだバイクのラジエーターキャップはアクセスしやすいようにサイドに付いているのが一般的なのに対し、GT750はなんと車体のセンター、タンク前方に付いている。
「そこにはフレームがあるので」
と思うんですが、クレードルフレームに穴を設けてホースを貫通させる形で備え付けられており、更にその上からタンクカバーで蓋をしている。
ここまでしている理由は転倒によるキャップ破損を防ぐため。
さらに注がれる冷却水にも余念がない。
何度も言いますが水冷が珍しい時代ということで当然ながらクーラント液というものもそうそう売ってない。そのため水道水前提で開発されていたのですが、アメリカなど海外の水道水を入れると塩素や不純物によりアルミラジエーターに腐食や溶解が起こる事が発覚。
そこで急遽サービスマニュアルに蒸留水、国によってはタンクシールに
「Drink water」
と記載する事に。
そして極めつけはGT750のトレードマークでもある立派なガードまで付いている超巨大なアルミラジエーター。
現代からすると明らかにオーバーサイズでGT750のトレードマークとも言えるわけですが、これほどのモノを備えたのももちろん冷却の沸騰を起こさせない為。
100度を超えると更にセーフティとして水冷ではお馴染みの電動ファンも付けました・・・が、ラジエーターがこれほどのサイズだったため、どれだけ炎天下で走ろうともファンが回らない(100度以上にならない)という圧倒的な冷却性能となりました。
ちなみにこれはアメリカでのテストで判明したものの、それでも念のためラジエーターファンは備え付けられる事に。
ただしあまりにも回らなかった為かL型(3型)にてファンは撤去されました。
さて、3型という言葉が出てきたのでここでちょっとGT750のモデルチェンジ史を簡単におさらいしたいと思います。
1972年 GT750J型(1型)
タッチがグニャグニャで当たり調整が難しいバイク屋泣かせの2リーディングWドラムブレーキが特徴。
1973年 GT750K型(2型)
通称えんぴつマフラーの最終モデルで、フューエルタンクの開閉をキー式に変更。さらに量販車初となるダブルディスクブレーキを搭載しているのが特徴。そう・・・何を隠そうWディスクの始まりは実はGT750なんですね。
1974年 GT750L型(3型)
負圧キャブと新型マフラーを採用しレスポンスを向上。回らないラジエーターファンが外されたのもこのモデルから。
1975年GT750M型(4型)
吸排気と圧縮比を見直した事で3馬力アップ。
1976年GT750N型(5型)
ガソリンタンクおよび上部カバーの形状を変更
などなどとなっています。ちなみにGT750は北米など海外の一部では
『GT-750 Le Mans』
という名前で販売されていました。
グランツーリスモ感を出す狙いがあったかと思われます。
そんな水牛ことGT750ですが、日本ではそれほど知名度が無い一方、欧米では今でも一部に根強い人気があり、旧車イベントなどでは必ずと言っていいほど愛好家によるモデルが飾られたりします。
何故か・・・それには2stビッグツアラーという顔に加え、もう一つの顔があったから。
こう見えて(というと失礼ですが)GT750はT50の後継ということで、シリンダーピッチを詰めるなど市販車レースまで考えられて開発されたモデルなんですね。そして中でも狙いを定めていた本命レースは当然ながらメイン市場でもあるアメリカ最大のレースDaytona200マイル。
『TR750 XR11』
GT750デビュー翌年の1972年に参戦。先に紹介したT500のレーサーモデルTR500のボディに、フルチューンされたGT750のエンジンを積んだ形。
その速さは凄まじく、Daytona200では最高時速280kmという圧倒的な最速を記録しました・・・が、とてつもないパワーにタイヤが耐え切れずバーストを起こしリタイアが続出。
最終的にレギュレーションの翻訳・解釈ミスもあり、唯一4位という好成績で完走したグラントというライダーも失格扱いに。
しかし翌年には欧州始まった200台以上生産されたバイクのみで行われるフォーミュラ750にも参戦。そのレースで見事初代チャンピオンになりGT750ともども有名に。
ちなみにその時のライダーは、後にWGP500でもスズキを優勝に導くバリーシーン。
しかしこれだけで終わる単純な話じゃない。
スズキはDaytonaレースに挑むプライベーター用にKITを用意していました。さらにイタリアではそのポテンシャルを見込んで市販車レース向けに輸入を請け負っていたSAIADという業者がそれらKITを組み込んだコンプリートマシンを発売。
『1973~ GT750S VALLELUNGA』
大きなアッパーフェアリングとシングルシートでとてつもなく速く、そしてオシャレになったGT750。ちなみにヴァレルンガというのはイタリアにあるサーキット場の名前です。
このように欧米でレースを視野に入れたGT750レース仕様が出たんですが、あまりのパワーに、チェーンが切れるわ、フレームが負けるわ、重量配分が難しいわで、バリーですら苦戦を強いられ終いには強烈なハイサイドを起こして九死に一生を得るクラッシュを起こすなど凶暴な代物だった。
ここまで来るともはや水牛というより闘牛と言ったほうが正しいような大艦巨砲主義だったものの、そんな姿にもまた心を奪われる人が増え、いつしかTR750はGT750とはまた別の愛称
「Flexi-Flyer(簡単に吹っ飛ぶやつ)」
と呼ばれるようになり、今もなお
「2stレーサーといえばGT750(TR750)」
と言われるほど歴史に名を刻む結果となりました。
その後の市販車レースは1976年にはスズキの代名詞でもあるGSという4stモデルにバトンタッチする事となり、そちらがレースでも大いに活躍した事から日本では記憶に残っている人も少ないGT750。
しかし当時を知る人にとっては2stなのにドッシリ乗れるグランドツアラーとして、またある人にとっては乗り手を振り落としにかかるレーサーとして今もなお鮮明に記憶として残っている。そんなモデルでした。
主要諸元
全長/幅/高 | 2215/865/1125mm |
シート高 | – |
車軸距離 | 1470mm |
車体重量 | 214kg(乾) |
燃料消費率 | – |
燃料容量 | 17L |
エンジン | 水冷2サイクル三気筒 |
総排気量 | 738cc |
最高出力 | 67ps/6500rpm |
最高トルク | 7.7kg-m/5500rpm |
変速機 | 常時噛合式5速リターン |
タイヤサイズ | 前3.25-19-4PR 後4.00-18-4PR |
バッテリー | YB14L-A2 |
プラグ | B-7ES または W22ES |
推奨オイル | – |
オイル容量 | 全容量1.8L |
スプロケ | 前15|後47 |
チェーン | サイズ530|リンク106 |
車体価格 | 385,000円(税別) |