系譜の外側

トレール250DT1
(214/233)
-since 1968-

ヤマハDT-1

「NEW STANDARD TYPE」

当時の人なら知らぬものは居ないヤマハトレール250DT1またはDT-1(海外名)でお馴染みの名車。

この頃の日本というのはオフロードという概念が無い時代で、未舗装路向けと言えばオンロードベースにマフラーを打たない様に上げてブロックタイヤを履かせた俗に言うスクランブラーしかありませんでした。

DT-1

そんな中でDT1は

「未舗装路を思いっきり走れるバイク」

として登場したからわけで、それはそれは話題になりました。

 

DT1が誕生するキッカケとなったのはアメリカにあります。

アメリカでは当時ISDT(International Six Days Trial)というトライアルレースが人気で、その真似事をする若者が多く居ました。それを見た現地法人のYIC(北米ヤマハ)が

「公道も未舗装路も走れるバイクを造ってくれ」

と要請した事からDT1(デュアルパーパス トレール)は誕生したんです。

250DT1

ただし、最初にも言った通り当時の日本というのはまだオフロードというバイクについて全く理解がない状態だったから何をどう造ればいいのかチンプンカンプン。

そこでアメリカに

「要望を数値化してくれ」

と言ったらホイールベースからシート高から細かく数値化された要望が届いた。

DT-1プロトタイプ

それを元に開発が始まったわけですが、偶然なことにヤマハはその頃YX26というレース専用モトクロッサーの開発を始めていました。

YX26

これはオンロードレースで勝ったので、次はモトクロスで勝って更に知名度と技術力をアピールしようという狙いから。

処女作であるYA-1(通称 赤とんぼ)がそうだった様に、レースで勝つことで成り上がったヤマハらしい考えですね。

そしてその狙い通りYX26でヤマハはトライアル選手権を圧倒的な速さで優勝。

鈴木忠男

ちなみにその時のライダーは鈴木忠男さん。

SP忠男ってメーカーの名前を聞いたことがあると思いますが、その創業者です。他を寄せ付けないテクニックで天才ライダーと言われていました。

 

つまりアメリカからの要望が偶然にもYX26の開発と重なったおかげで、DTはオンロードベースのスクランブラーという存在から完全に脱却し、モトクロッサーベースのオフロード車(ヤマハ的にはトレール)として誕生する事が出来たというわけ。

250DT1カタログ写真

とにかく幅を抑えるため単気筒のピストンバルブ方式を採用したYX26ベースの頑丈かつ18.5馬力と強力なエンジン。

当時としては非常識なまでに長いストロークを持たせ底付きしないサスペンションと走破性を考えた4.00インチというトラック並の極太タイヤ。

高めの最低地上高にアンダーガードやマフラーガード、更にハンドルテンションバーも装備し、車重も徹底的な軽量化で乾燥重量はわずか112kg。

DT-1カタログ

本当に完璧な、今から見れば初めて正解と言えるオフロード市販車でした。

 

ただし何度も言いますが、当時はオフロードの存在も市場規模も未知だった。

だからヤマハも年間4,000台と想定していたのですが、いざ発売してみるとその三倍となる12,000台もの注文が全米から殺到。

全くもって生産が追いつかず納車一年待ちという事態になり、ここで初めてオフロード需要の高さを世界が知る事となったんです。

トレールDT1

もちろんそれは日本でも同じで、爆発的な人気と納期に悶々とする人が続出しました。

 

そんな他の追随を許さない圧倒的な走破性能で大きく話題となったDT1ですが、更に恐ろしいことに

『GYT(General Yamaha Tuning)』

と呼ばれるKITパーツが用意されていました。

これは早い話が今でいうフルパワー化みたいなものなんですが、変えるのは

・ピストン

・シリンダー

・キャブ

・マフラー

・スプロケ

たったこれだけ。

DT-1GYT

誰でも簡単に出来る変更にも関わらず、これだけで一気に30馬力にまでアップ。

このKITを組んだらもう本当にファクトリーモトクロッサー顔負けの鬼に金棒状態で、案の定モトクロスレースはDT1のワンメイク状態に。

モトクロスレース

もちろん人気上昇中だった全日本モトクロスレースでもDT1が優勝。

ちなみにこの時のライダーも鈴木忠男さんです。

 

正にイケイケとなったヤマハだったんですが、ここで手を緩める様なことはせず100や125のトレールも展開しオフロードの世界を拡充。

更にはオフロードの楽しさを体感してもらおうと全国各地でトレール教室を開催。

トレール教室

多くの者にDT1の魅力を理解してもらう狙いだったのですが、免許も車両も不要だった事から大人気となりトレールブームを巻き起こす事態にまで発展しました。

 

DT1が名車と言われるのはこのオフロード文化を開拓した事にあるわけですが、一方で人気となった理由はそれだけじゃない。

DT1が爆発的な人気となりトレールブームを巻き起こしたのは性能に負けずとも劣らないデザインを持っていたから。

250DT1コンセプトデザイン

開発は軽量化を筆頭とした機能最優先で数々の制約や修正があったものの、流石ヤマハとGKというべきか機能とデザインのコンビネーションが素晴らしかった。

特徴的な部分の一つとしてはマフラー。

DT1チャンバー

とにかく細くしたい狙いから、本来なら丸く膨らませないといけないチャンバーを非常識にも押し潰して楕円形状にするという先鋭さ。

 

そしてもう一つはタンク。

トレールという事からハンドルの切れ角は大きいほうがいいものの、大きくするとハンドルがタンクに干渉してしまう問題があった。

DT-1のタンク

そこでタンク前方のステム部を細めて袖付きにした事で切れ角の問題を解消しつつ独特なタンク形状に。

 

これらの創意工夫によっていま見てもカッコイイと思えるデザイン、当時としては斬新過ぎるデザインとして若者を中心に大好評となりました。

DT1のポスター

ちなみにこれはそんなデザインを引き立たせた有名なポスター。

見るからにシャレオツなんですが、100円で販売したところ電話注文が殺到したんだそう。

 

翌1969年にはウィンカーを装備したDT1/233型となり、1970年には7ポートで23馬力にまでアップしたDT250/291へとモデルチェンジ。

ヤマハトレールシリーズ

その後も1973年にはモトクロッサーMX250ベースの21インチホイールのDT250/450型になり、1975年DT250-II/512ではタンクとシート形状の変更。

最終型の1977年DT250M/1N6型では『空飛ぶサスペンション』ことカンチレバー式モノクロスサスペンションを搭載し現代的なオフロード車となりました。

DT250

このトレールブームというかDTブームは日欧米全てで起こった事から、世界的な不況によってライバルたちが減収減益していく中でヤマハだけが増収増益。

このDT1の大成功によりオフロードのヤマハと呼ばれる様になると同時に

『世界のヤマハ』

へと急成長していったわけです。

 

そんなヤマハなんですが1990年からこんなポリシーを掲げています。

ヤマハ発動機のポリシー

<感動創造企業>

これはヤマハの

「世界の人々に新たな感動と豊かな生活を提供する」

という企業目的を示す言葉なんですが、個人的にこの考えはDT1から来ているんじゃないかと思います・・・何故ならDT1が正にそうだったから。

DT1壁紙

我慢して走り抜けるか迂回するのが当たり前だった『嫌な道』を『ワクワクする道』に変えたバイク。

道なき道を走っていける『冒険』という新たな形を創造し、多くの人に感動を与えたバイクがDT1だからです。

 

エンジン:空冷2サイクルピストンバルブ単気筒
排気量:246cc
最高出力:
18.5ps/6000rpm
最大トルク:
2.32kg-m/5000rpm
車両重量:112kg(乾)

系譜図

DN-01

拒絶された渾身のATスポーツクルーザー
DN-01
(RC55)

gts1000

対BMW秘密兵器 オメガモルフォ
GTS1000/S
(4FE)

750カタナ

カタナと名乗れなかったカタナ
GSX750S
(GS75X)

ザンザス

Zの亡霊と戦ったZ
XANTHUS
(ZR400D)

CBX400カスタム

30年経ってCBXと認められたアメリカン
CBX400CUSTOM
(NC11)

BT1100

イタリア魂が生んだもう一つのMT
BT1100 BULLDOG
(5JN)

GSX1300BK

本当の怪物は誰も求めていなかった
GSX1300BK B-KING
(GX71A)

ZR750F/H

国内で唯一理解されなかった空冷Z
ZR-7/S
(ZR750F)

ホンダCBX1000

大きすぎた赤い夢
CBX1000
(CB1/SC03/06)

GX750/XS750

ブランドは1台にしてならず
GX750
(1J7)

スズキGAG

SUZUKIのZUZUKI
GAG
(LA41A)

Z1300

バイクにとっての直列6気筒
Z1300
(KZ1300A/B)

NM-4

アキラバイクという非常識
NM4-01/02
(RC82)

FZX750

大きな親切 大きなお世話
FZX750
(2AK/3XF)

GSX1400

踏みにじられたプライド
GSX1400
(GY71A)

750Turbo

タブーを犯したターボ
750Turbo
(ZX750E)

NR750

無冠のレーシングスピリット
NR
(RC40)

TRX850

現代パラツインスポーツのパイオニア
TRX850
(4NX)

GS1200SS

嘲笑される伝説
GS1200SS
(GV78A)

ゼファー1100

ZEPHYRがZEPHYRに
ZEPHYR1100/RS
(ZR1100A/B)

NS400R

狂った時代が生んだ不幸
NS400R
(NC19)

RZV500R

手負いの獅子の恐ろしさ
RZV500R
(51X/1GG)

RG500Γ

チャンピオンの重み
RG500/400Γ
(HM31A~B/HK31A)

AV50

なぜなにカワサキ
AV50
(AV050A)

ドリーム50

五十路の夢
DREAM50
(AC15)

フォーゲル

楽し危なし
POCKE/VOGEL
(4U1/7)

ストリートマジック

シンデレラスクーター
TR-50/TR-110
(CA1L/CF12)

Z750ツイン

鼓動と振動
Z750TWIN
(KZ750B)

フォルツァ125

市民権の象徴
FORZA125
(JF60)

SRX4/6

決して多くない人たちへ
SRX-6/SRX-4
(1JK/1JL~)

DR-Z400SM

当て嵌まるのは一つだけ
DR-Z400S/SM
(SK43A/SK44A)

ZX-7R/RR

問題児レーサー
ZX-7R/RR
(ZX750P/N)

RC213V-S

2190万円の妥協と志向
RC213V-S
(SC75)

YZF-R7

7と1でWE/R1
YZF-R7
(5FL)

バーグマンFCS

エコの裏で蠢くエゴ
BURGMAN FCS
(DR11A)

エリミネーター750/900

男カワサキの最期
ELIMINATOR750/900
(ZL750A/ZL900A)

モトコンポ

こう見えて宗一郎のお墨付き
MOTOCOMPO
(AB12)

TDR250

聖地突貫ダブルレプリカ
TDR250
(2YK)

グース

決めつけられたシングルの可能性
Goose250/350
(NJ46A/NK42A)

Z650

小さく見えるか大きく見えるか
Z650
(KZ650B)

X4

単気筒×4
X4
(SC38)

SDR200

軽く見られた軽いやつ
SDR
(2TV)

チョイノリ

59,800円に込められた思いと叡智
choinori
(CZ41A)

ゼファー750

復刻ではなく集大成
ZEPHYR750/RS
(ZR750C/D)

ps250

モトラリピート
PS250
(MF09)

DT-1

冒険という感動創造
トレール250DT1
(214/233)

Vストローム250

二度ある事は三度ある
V-STROM250
(DS11A)

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