「Vツインの鼓動。個性の走り。」
ホンダが1978年に出した誰がどう見ても普通じゃない形をしているGL500と半年後に登場したGL400。
このバイクを知ってる人は少ないし、知っていても
「1981年に出たCX500TURBOのベース」
というイメージがあるかと思いますが、それ以外でもアメリカンやヨーロピアンなど色々なモデルが出ています。
最初にそこら辺のモデルチェンジ歴について書くと
1977年:GL500
1978年:GL400(400版)
1979年:GL400/500CUSTOM(アメリカン版)
1981年:CX500TURBO
1982年:CX-EURO(ヨーロピアン調にした400後継)
1983年:CX CUSTOM(アメリカン版)
という形になっています。
少しややこしいのが海外では最初からCXという名前だったこと。
これは向こうではGL1000 GOLDWINGのミドルスポーツ版という立ち位置だったから。
対して日本はナナハン規制でGLが無く、これに国内版GOLDWINGの役割も担わせる狙いがあったから最初はGLだったというわけ。
ただ1982年のヨーロピアン調とアメリカン調にモデルチェンジされた事を機に世界共通のCXに改められました。
話を巻き戻すとGOLDWINGの役割も担っていた事からGL400/500は
『WING(ウィング)』
というホンダを象徴する大層な和名を与えられており、またその名に恥じないホンダ初のVツインにふさわしいモデルでした。
そう、実はホンダ初のVツイン(というかV型)なんですこのバイク。
このWINGが登場するまでホンダはFOURを除くと日本のライバルメーカーと同じくCB360TやCB500TそしてCB400Tホークなど並列二気筒がメインでした。もちろんV4(レーサーNR)もまだ開発中で公にされていない時期。
では何故ここに来て唐突にVツインを出したのかというと社内で次世代のミドルエンジンについて議論されたから。
1970年代に入ると今も続く騒音規制が世界中で設けられる様になったんですが、その事からホンダは
「大排気量バイクは廃れ中排気量が主流になる」
という結論に至り、じゃあ中排気量にとっての理想のエンジンは何か議論した末に
・並列二気筒(バランサー付き)
・V型二気筒
の2案に絞られ両方のエンジンを搭載したバイクを製作し皆で試乗。
すると多くの人から
「Vツインには他にはない面白みと深みがある」
という声が上がった事からVツインの開発が始まったというわけ。
こうして完成したVツインなんですが実にホンダらしいというか何というか、お手本の様な形ではなく独創性の塊の的なエンジンでした。
見てもらうと分かる通り巨大なラジエーターが正面にドカンと鎮座し、両脇からシリンダーが突き出る様に伸びている縦型の形。
横ではなく縦を選んだ理由はシャフトドライブの採用が決められていたから。
開発にあたってアメリカで調査を行ったところ
「チェーンなら1万マイル(16000km)だがシャフトドライブなら8万マイル(128000km)もノーメンテで走れるから最高だ」
と向こうの雑誌の読者コーナーで絶賛されていたのを目にしてからシャフトドライブは必須となった。そしてその場合、駆動が縦を向く縦型の方が都合が良かったんですね。
もちろんそれ以外にも全高を抑えつつ真ん中のスペースを空けることが出来るのでエアクリーナーボックスを始めとした吸気系に余裕ができるメリットもあります。
ただし縦型にするとヘリコプターの車体がプロペラと反対方向に回ってしまうのと同じ横方向のトルクリアクション(反力)が発生する。
だからWINGもアクセル開けると少し右に傾いちゃったりするんだけど、大質量のクラッチとドリブンギアを反対方向に回転させる事で気にならない程度に抑えてある。
もう一つ問題として全高は抑えられるものの全幅が広がるのでバンク角やニーグリップで干渉問題が出てくるわけですが、それを解決するためにホンダが取った方法がそれまた独創的で面白い。
まずエンジンのバンク角(シリンダーの開き角)を振動を抑えられる90度ではなく、振動がそれほど問題にならないギリギリの80度にし更にシリンダーヘッドを22度捻るという手法を採用したんです。
こうやって吸気~燃焼室~排気の流れをV字型にすることで直線のまま腹下をスリム化する事に成功。
ただしこうするとガソリンを燃やしてグルグル回るエンジン下部のクランクから動力を拝借する必要がある上部のカム角度がズレてしまうのでチェーンやギヤで繋ぐのが非常に難しくなる。
そこでホンダが取り入れたのがハーレーなどクラシックなバイクでお馴染みプッシュロッドと呼ばれる棒でバルブを小突く様に開け締めするOHV式。
バルブ開閉の精密さを上げるためOHVに代わるように生まれたSOHC、そしてそこから更に発展したDOHCが出回り始め称賛されていた時代にまさかの旧世代バルブ機構。
こうして完成したのが効率よりもスリムさを取った独創的な
『ツイステッドVツイン』
なんですがこう聞くとスポーツ性があまり高くないように思いますよね・・・でもそうじゃないのがWINGの凄い所。
当時は『リッター換算100馬力』がハイスペックの証でした。じゃあWINGはどうなのかというと
『496cc/48馬力(396cc/40ps)』
なんとリッター換算100馬力のハイスペッククラス。
どう考えてもパワーを絞り出すには向いていないエンジンで何故これほどのパワーを出せたのかと言うと、一つは水冷化によって圧縮比をレギュラーガソリンながら10:1と非常に高く出来たから。
そしてもう一つは”超”を飛び越えて超々ショートストロークエンジンだったから。
GL500は【78.0×52.0】とスーパースポーツも裸足で逃げ出すほどのショートストロークなんです。奇しくもこれとほぼ一緒。
これだけでどれだけ異常か分かるかと。ちなみに400もスケールダウンしているものの圧倒的な超々ショートストローク。
そんなF1マシンから二気筒だけ切り取ってきたかの様なエンジンのヘッドを22°捻って疑似空冷フィンすら設けないゴリゴリの水冷化をし、ステータスだったDOHCではなくSOHCどころか一昔前のOHVバルブ駆動で12000rpmまで回りリッター100馬力を叩き出すシャフトドライブのバイクがこのWING。
「一体なにを考えて造ったの」
って話ですよね。
ちなみに高回転が苦手なはずのOHV機構で何故ここまで回せるのかというと、潜水艦に使われる特殊ステンレス鋼のプッシュロッドを採用して熱膨張によるクリアランス誤差を無くし精度を限界まで高めたから。
もちろんフライホイールマスを増して緩やかな回転にしているから7000rpmまでは意外とジェントルだし乾燥重量でも218kgだからビュンビュン走るバイクでない。
ただ高回転になると超々ショートストロークエンジンが本領を発揮し・・・当たり前のように20km/L切る。
そんなもんだからレーサーNS750のベースエンジンにも選ばれました。
GL500のエンジンを縦置きチェーンドライブ化したアメリカのダートトラックレーサーでライダーはかの有名なフレディ・スペンサー。
縦型ツイストVツインっていう・・・ちなみにここから発展した最終形がアフリカツインになります。
GLとアフツイの意外な繋がりでした。
話を戻すと、いくら新世代ミドルとはいえ初っ端から飛ばし過ぎだろと思うんですがこれには最初に上げた
『次世代ミドル』
とは別にもう一つ並列する形で行われていた別の議論が関係しています。
それは
「コンベンショナル(枠に嵌った形)のままではバイクの未来は無い」
という議論。
この頃もう既に日本メーカーが世界に大躍進していたんですが、ホンダに限らずどのメーカーも並列エンジンを直線基調のボディに積んだいわゆるジャパニーズネイキッドばかりな状況だった。
確かにそれはそれで好評だったんですが一方で
「遠くから見ると全部同じに見える」
と揶揄する声も少なくなかった。この事にWINGの車体デザインする事になった宮智主任も危機感を抱いていた。
そこで出てきた話が次世代ミドルとしてVツインを出すという話。
つまり
・新世代のVツインミドル
・没個性への危機感
この2つ要素が奇跡的に重なった事でWINGの開発(開発車名イーグル)が本格始動したんです。
『他にはない次世代の指標にもなれるセニア向けバイク』
というテーマのもと社内コンペを行いデザインコンセプトを決めた後も、角目から丸目への変更やバネ下重量軽減のためにリアをドラムに変更など3年もかけて何度も手直し。
その中でも象徴的なのがやはりエンジン。
初期案の頃は疑似フィン付きでVバンクも浅いものでした。
これは当時まだ水冷もVツインもメジャーではなく市場から拒絶されていたから。だから空冷並列二気筒に見えるようにしたデザインしたんです。
しかしそういう現在の市場に媚びる形では次世代の指標にはなりえないという事で、水冷Vツインはありえないと言われていた時代にも関わらず
『水冷Vツインを恥じるどころか誇った姿』
にした。これこそがWINGのコンセプトを象徴するものであり魅力なんですね。
じゃあこれ売れたのかというと・・・実はかなり売れた。
モーサイの調査によるとGL400は29,492台で歴代400クラスで10番目と、車体価格が高かったにも関わらずなんとホークより売れた。海外でも(正確な台数は分かりませんが)特集などが組まれ好き嫌いがハッキリ分かれる話題性と人気があったよう。
ただし同時に人気も決して長くは続かなかった。
一つはホンダがGPレース復帰を表明し、同時に時代がレーサーレプリカブームに流れていった事。
そしてもう一つが何にも属さず媚びず、新しいのか古いのかさえ分からなくしてしまうほどの圧倒的な個性で定義(立ち位置)が難しく理解されにくかった事。
色んな姿かたちのバイクやジャンルが生まれては消えていった現代ならWINGがどういうバイクなのか定義づけるのは簡単なんだけどね。
WINGを定義づけるとしたらそれはもちろん・・・ロックでしょ。
参考文献:モトライダー1978/2
主要諸元
全長/幅/高 | 2185/865/1175mm |
シート高 | – |
車軸距離 | 1455mm |
車体重量 | 218kg(乾) |
燃料消費率 | 30km/L ※定地走行テスト値 |
燃料容量 | 17.0L |
エンジン | 水冷4サイクルOHV2気筒 |
総排気量 | 496cc [396cc] |
最高出力 | 48ps/9000rpm [40ps/9500rpm] |
最高トルク | 4.1kg-m/7000rpm [3.2kg-m/7500rpm] |
変速機 | 常時噛合式5速リターン |
タイヤサイズ | 前3.25S19-4PR 後3.75S18-4PR |
バッテリー | YB14L-A2 |
プラグ ※2つの場合は手前が、3つの場合は中央が標準熱価 |
D8EA または X24ES-U |
推奨オイル | SAE 10W/30~20W/40 |
オイル容量 ※ゲージ確認を忘れずに |
全容量3.0L 交換時2.5L |
スプロケ | – |
チェーン | – |
車体価格 | 448,000円(税別) [438,000円(税別)] ※[]内はGL400 |
メーカー問わず、こういうバイクが好き。
ともすれば最新技術(DOHC)に傾きがちだが、「OHVでもここまでやれるゼ」とばかりにシャウトした心意気はまさにロッケンロール。
昔のホンダはこういう事をするから侮れなかった。
いやしかし、「Twist and Shaft」は上手い!