「SUPER TRAIL」
1997年にヤマハから登場したDT230 LANZA/4TP型。
このモデルはDT200Rのエンジンをベースに新設計の鍛造ピストンとシリンダーにより224ccまで拡大したロングストロークなものを、軽量コンパクトなセミダブルクレードルフレームに搭載している2stオフローダーになります。
サスペンションもストローク量を前250mm/後240mmと少し短めにすることで乗車時のシート高が820mmと抑えていることに加え、ポジションも起き気味で楽ちん。
加えて多機能デジタルメーターだけでなく、なんとセルモーターまで付いてデザインも大人しめという2stオフらしからぬ優しさに包まれたモデルとなっているのが特徴。
これはヤマハ内で
「足付きが良くてセルも付いた2st版セローを造れないか」
という話が持ち上がった事がキッカケにあります・・・と書いても当時の状況を知らないと何故そんな考えに至ったのか理解しづらいと思うので少し説明させてもらいます。
90年代のオフロードバイクはまだ2stと4stが混在していたんですが、1980年代後半から始まった林道ブームなどによる全盛期も終わりを迎えていた頃でどちらもかなり煮詰まったモデルになっていました。
どう煮詰まっていたのか簡単に言うと、2stのオフロードバイクはパワーと軽さを稼げる事からモトクロッサー(ナンバーが取れないレーサー)に負けないポテンシャルを持つ
『勝ちにこだわったオフロードバイク』
という立ち位置で一時代を築いていた。
一方で4stは低中速から粘りのあるパワーが出せる事を武器に林道から街乗りやツーリングまで使える
『使い勝手にこだわったオフロードバイク』
という立ち位置、ヤマハでいうところのトレール路線で一時代を築いていた。
だから同じオフロードモデルでも2stと4stには良くも悪くも大きな隔たりというか少し誇張して言うと”似て非なるもの”という常識があり
「色んな事に使いたいから4st」
「最強最速のオフが欲しいから2st」
「そこまで腕に自信がないから4st」
という感じでバイクもライダーも棲み分けのようなものが生まれていた。
その趣向を示す最も分かりやすい部分がいま話したセルモーター。
2stは軽さを追求するため付いていないのが(キックスターが)当たり前で、反対に4stは利便性のために付いているのが当たり前だったわけです。
そして話を再びランツァへ戻すと
「足付きや優しいポテンシャルそしてセルを付けた2stオフ車」
・・・そう、ランツァはこの隔たりとも固定概念とも言える部分に向けて作り出されたモデルなんです。
両極端な形になっていくオフロードバイクを見て林道向けがおざなりになっている
「林道などを気軽に楽しくスポーツ出来るモデルが無くなっている」
ということに気づいたというか危惧したんですね。
だからこそ2stが持つ軽さという武器を速さではなく、気軽さと楽しさに繋げる形でこのランツァを生み出した。
40馬力というスペックを見ると分かるように2stだからこそ出せるパワーはそのままに振り回せる楽しをとことん追求。
そのために採用されたのが時代的にもジャンル的にも非常に珍しかったトラクションコントロールシステム。
何故わざわざこんなものを付けたのかというと、単純に速く走るためや滑って怖い思いをしないためじゃない。
遅角制御によってスライドを消すのではなく穏やかに猶予を延ばすことで
「オフロードの醍醐味の一つであるカウンターステアによるバランス取りも気軽に楽しめるように」
という考え、要するにこれも気軽に振り回すために備え付けられた装備なんです。
そんな何よりも気軽に楽しめる事に重点を置いて開発された2stオフロードのランツァですが、わずか1年にはマイナーチェンジが入りました。
オイル消費量を抑えるYCLSとアルミスイングアームという贅沢な変更。シルバーモデルに至ってはリムにブラックアルマイトのまで奢られました。
一般的に4TP2型または後期型と言われています。
ちなみに1997年の第32回東京モーターショーでは
『ランツァ スーパーバイカーズ』
というモデルも参考出品されていました。
倒立フォークと17インチのオンロード仕様、さらにアップチャンバーにショートフェンダーなどイケイケなモタード。残念ながらこれが市販化される事はありませんでしたが、17インチホイールはオプションで用意されモタード仕様に出来るようになりました。
これらを見てもヤマハがランツァに力を入れていたのは明白なんです・・・が、残念ながらランツァは2年間しか販売されませんでした。
これはコンセプトが理解されなかったわけではなく、1998年に排ガス規制という今でこそ当たり前なものが初めて設けられることになったから。2stはこれにより販売することが厳しくなったんですが、それはランツァも例外ではなかったという話。
それにしてもトレールというジャンルを生み出したオフロードバイク界のパイオニア的な存在でありオフロードにも一番精力的だったヤマハが、迫りくる排ガス規制という名の2st終焉を迎える最後の最後に出した公道向け2stオフロードバイクがモトクロッサー顔負けの高性能モデルではなく
「オフロードを楽しむ事を最重視したモデルだった」
というのは本当にカッコいいし本当に相応しいと思います。
何故ならこのランツァのコンセプトはヤマハトレールの出発点であるDT-1が評価されていた要素
『絶対的な速さではなく絶対的な軽快さ』
を再び突き詰めた形だから。
最後のDTであるDT230 LANZAが最初のDTであるDT-1を彷彿とさせるコンセプトっていうのはロマンとしか言いようがない。
でも更にカッコいいのはそんなDTというブランドネームを押し出さなかった事。
これは市場に蔓延っていた
「2stオフローダーは玄人向け」
「2stオフローダーは速さが全て」
という先入観や固定概念で判断して欲しくなかったからでしょう。
歴史あるブランドネームよりもオフロードスポーツの面白さ、振り回す楽しさを知ってほしいという思いが上回ったから
『ランツァ(スペイン語で槍)』
という名前になったんじゃないかと。
主要諸元
全長/幅/高 | 2140/800/1200mm |
シート高 | 865mm |
車軸距離 | 1410mm |
車体重量 | 130kg(装) |
燃料消費率 | 40.0km/L ※定地走行テスト値 |
燃料容量 | 11.0L |
エンジン | 水冷2サイクルクランク室リードバルブ単気筒 |
総排気量 | 224cc |
最高出力 | 40ps/8500rpm |
最高トルク | 3.7kg-m/7500rpm |
変速機 | 常時噛合式6速リターン |
タイヤサイズ | 前3.00-21(51P) 後4.60-18(63P) |
バッテリー | GT6B |
プラグ ※2つの場合は手前が、3つの場合は中央が標準熱価 |
BR9ES |
推奨オイル | – |
オイル容量 ※ゲージ確認を忘れずに |
全容量1.3L |
スプロケ | 前16|後55 |
チェーン | サイズ428|リンク132 |
車体価格 | 435,000円(税別) [449,000円(税別)] ※[]内は後期/4TP2 |
複数台のヤマハ2ストロークを所有しておりますが、ジャーク(加加速度)で、ランツァに匹敵するバイクは無いでしょう。
仰け反るような加速が可能です。
トラクションコントロールが装備されたのは、初心者がオフロードでバンク中に不用意にアクセルを開けて、スライド、転倒するのを防止する為ではないかと深読みしています。
但し、スライド走行が可能な事とスライド走行して良いかは別の事だと思います。
モトクロスコースのようなクローズドの環境で、オフロード走行のベテランであればスライド走行も可能でしょうし、初心者が、スライド走行の練習をするのも問題無いでしょう。
日本の林道の一般的状況では、ブラインドカーブの連続、対向車、登山者の存在、先の読めない路面状況等でのスライド走行はリスクが大き過ぎます。
自戒を含めてコメント致しますが、公道(林道)では、対向車、自転車、歩行者、路面状況の全てがカオスです。
自分でコントロール可能なスライドと自分の操作ミスに起因するスライドをトラクションコントロールが補正するのでは大きな違いが有ります。
装備重量130kg、40psのランツァは、乾燥重量126kg(装備重量では146kg?)、45psのTZR250よりジャークに関しては凌駕しています。
生産期間が2年で残存車輌も少なくなっていると思いますがオフロード走行する場合は充分な配慮が必要だと思います。
そうですね。仰る通りだと思います。
バイクに限らず、MTBでも傍若無人な走行によるトレールの被害が見られる地域があるそうです。
林道のみならず一般公道においても、自分のバイクの性能をフルに使う様な(使えませんが)走行は非常に迷惑であり危険ですね。
例えるなら、侍が刀を抜き振り回して往来している様なものだと思います。
本当に優れた侍は、刀を抜かずに済ませるのではないかと。
省みれば自分も至らぬ点は多々ありますが、バイクの優れた性能をゆとりや余裕として使わなければなりませんね。
15年落ち位のランツァを購入し、かれこれ2024年の現在も使用しています。加速は爆発的ですが、高速ではふらつきますし、低速走行ではトルクがなく、時にはカブる為、楽しむ為にはある程度のスピードが必要な気難しやです。DT200WR乗りに言わせると低速走行出来るだけマシとか。でも、軽さ故、取り回しが非常に楽で操ってる感が高いです。手放す気にはなれないバイクです。ヤマハ様、毎度の部品の値上げは勘弁してくださ〜い。