「The Magnificent Six」
ホンダが作った6気筒車として有名ですね。
市販車初の直四であるDream CB750FOURに続き、市販車初となる直6バイクとしてデビュー・・・って実はCBXが出る前にベネリから750SeiというバイクがCBXより前(1971年)に出てますが、アレはCB500のエンジンをニコイチにしただけの様な物なので市販車初と言えるか微妙な所。
さて、そんなCBX1000を語る上で外せないバイクがあります。
それは1964年から投入された3RC164/RC165/RC166というレースの為にホンダが作った今でいうワークスマシン。これがCBX1000の原点でもあります。
原点と言われるのはホンダ初の六気筒ワークスマシンだから。
空冷4サイクルDOHC六気筒
249.4cc
60ps/18000rpm
2.36kg-m/17000rpm
114kg(乾)
6気筒で249ccで60ps/18000rpmで114kgとか絶対楽しい・・・ちなみに350ccモデルもありました。ついでにいうとミッションは7速でアイドリングの回転数は6000rpm。
なぜ3RC164/RC165/RC166と名前が幾つもあるのかというと、ホンダはそれまでRC164という四気筒エンジンで戦っていたんですが、2st勢(というかヤマハのRD65)の猛攻に2年連続で250タイトルを逃してしまった。
そこで二年目の終盤に来年に向けたテストに切り替え、まだ製作中だった秘密兵器の六気筒を搭載した3RC164を投入。
エンジン違うのに車名は2RC164から3RC164と、あたかも直四RC164の改良型かの様なネーミング。
そしてレース直前まで直六の証である6本マフラーもわざと2本外して(当時は集合管が無い)6気筒であること悟られないように工作。いざ走らせてみるとピークパワーでは2stに負けるものの四気筒よりも勝負できる速さを持っている事が確認出来た事で、翌年にはRC165そして完成形であるRC166となったわけです。
RC166型ではWGP(世界レース)10戦全勝、マン島TT優勝という完勝を収め、翌年もWGPでタイトルを獲得したことから六気筒がレギュレーションで禁止に。ホンダは他のクラスを含めると5クラス制覇を達成し撤退。
そんな輝かしい戦績そして有終の美を飾ったRC166の市販モデルとして生まれたCBX1000なんですが10年以上も経って出たのはわけがあります。
「ノルマンディ上陸作戦」
本田技術研究所のトップだった久米さん(後の三代目ホンダ社長)の発案&主導で開始。これは当時アメリカ主体だったバイク開発(クルーザー志向)によりEU(スポーツ志向)で悪くなっていく評判を改善するためにとヨーロッパ主体のスポーツモデルをフルラインナップで用意して挽回しようという作戦。
CBX1000はそんな作戦のトップ(Project-422)に据えられたバイクなわけです。
当初は既にあったGL1000(水平対向4気筒999cc)やRA271(V12のフォーミュラマシン)のエンジンをベースに作る案もあったのですが、それではノルマンディ上陸作戦のフラッグシップに相応しいスポーツモデルは作れないとして、インパクトがあり実用車としては実現していなかった直列6気筒エンジンへ変更。
結果としてホンダ初のリッターオーバーともなったCBX1000ですが、初期段階では”CX1000″という車名で進んでいました。
しかしそれじゃ弱いということで”CB1000-SIX”となり、それでも弱いということから最後にCB-Xに。ちなみにCB-Xという名前は”CBの究極(X)”でCBXという意味。
名前がコロコロと変わった事を見ても分かる通り、実用に耐えうる直列6気筒のスーパースポーツバイク開発はRC166のノウハウがあるホンダでも当然ながら難航。
先ず直面した問題はフレーム。
CBX1000はRC166と同様ダイヤモンドフレームとなっています。これをRC166のレプリカだから当たり前と思われてる方も居ますがそれはちょっと違います。
CBX1000は当初ダイヤモンドフレームではなくアンダーも付いたネイキッドタイプでよく見るダブルクレードルフレーム(エンジンの上と下を囲むように通る2本のフレーム)で計画が進んでいました。
しかしダブルクレードルフレームに直6エンジンのモックを載せてみると、シリンダーピッチ(シリンダーとシリンダーの感覚)が狭いことから6本のエキゾーストパイプをフレームに当たらないよう湾曲させ避ける必要性が出た。そして問題だったのは、そのエキゾーストパイプの曲がりが気持ち悪く非常に醜い姿だった事。
“打倒Z1″そして”ホンダの金字塔”が至上命題のフラッグシップとして出すからには
「性能だけではなく見た目も大事」
としてデザイナーだった大森さんは無理を言ってフレームをエンジンの上だけを通るダイヤモンドフレームへと変更させました。
設計途中でのフレーム変更というのは今まで積み上げてきた設計を白紙に戻す事に等しい(これまでの努力が無駄になる)ので言い出すのに相当な勇気が必要だったようですが
“ホンダのフラッグシップとしてナンバーワンを取る”
という信念を曲げることができなかったそうです。
この直6の存在感と綺麗に並んだエキゾーストパイプが生まれた背景にはこういった格闘があったんです。
もう一つ挙げる問題は当然ながらエンジン。そしてコレが最大の問題だった。
CBX1000のエンジンは簡単にいうと3気筒を2つ合わせたようなレイアウトを取っています。
最初は分割ではなかったのですが、ホンダといえど当時はまだ製造技術が追い付いておらず強度の問題が出てきた事から、センターカムチェーンを境に左右にカムシャフトが四本ある手法を取りました。ちなみにこの手法は車の方では結構メジャーだったりします。
他にもRC166同様にジェネレーターを横ではなく背面に持ってる等の幅を抑える工夫がアチコチに凝らされてるわけです・・・が、出来上がった6気筒エンジンを図ってみると目標100kgだったのに200kg超えという倍以上の重さに。
カムとバルブが24本、それを支えるカムシャフトが4本。そしてキャブも左右3+3で6個だから当たり前といえば当たり前ですが、流石にこれはマズイということでRC166メンバーも総動員し軽量化に躍起。
エンジン内の部品を可能な限りマグネシウム化。更に車体側も量販車初のジュラルミン製ペダル・ステップなどを採用と、時代にあるまじき改良でなんとか乾燥重量で250kgを切ることに成功。
開発者の入交さんいわく
「CBX1000で一番大変だったのは軽量化」
とこぼすほど。
そんなホンダの心血が注がれフラッグシップとして登場したCBX1000ですが、ご存知の通り一代限りで終わってしまいました・・・何故か?それはもちろん売れなかったからです。
いま話した通りCBX1000(6気筒)を作る上で生まれた問題が市販車でも解決しきれていなかった事が最大の要因。
スチール故に剛性が足りない骨格、抑えられてるとはいえ大きすぎたエンジンと車格。そして空冷6気筒で熱に弱い事から馬力も思ったほど稼げず。結果スーパースポーツを作るはずだったのに出来上がったバイクは直6のクルーザーになってしまった。
そもそも空冷6気筒自体が無理な話。同じ空冷でも4気筒は大丈夫で6気筒は何故駄目なのか簡単にいうと
空冷4気筒はこのようなレイアウトになってる。
|1|2|□|3|4|
真ん中の□はカムチェーンのスペース。それに対して6気筒というのは
|1|2|3|□|4|5|6|
こうなる。何となく想像がつくと思いますが2番と5番は前からしか風を受けられないわけです。1番と6番は横でも冷やせる、3番と4番は横はチェーンだから熱くない。しかし2番と5番は両脇が熱く冷やせる風が当たる面積が少ない。これではパワーを稼げないのは当たり前。例えばBMWが復活させた生ける直6バイクであるK1600は水冷(そしてサイドカムチェーン)ですが、冷却システムの大半をシリンダーヘッドに割いてる。それだけ直6の熱は凄い。
しかしそんなことは当時のホンダでも分かっていたハズなのに、どうして空冷にしたのか、RC166のレプリカである事に拘ったのか、空冷に拘った宗一郎(久米と宗一郎は空冷水冷問題で喧嘩した)の意向なのか、予算や設備といった問題なのか、これは今となっては分かりません。
更にこだわり過ぎた部分も仇となります。24本のバルブ調整や3連*3連のキャブといった最悪ともいえる整備性。そして軽量化するための惜しみない素材やデザインを入れたことによる車体価格の高騰(当時の金額で130万円強)を招いた。そしてトドメは翌年に二番手で出てきた名車CB750F/900F。
CBX1000の半値以下(53万円)で買えた上にCBX1000より軽くて速いスポーツ性。誰もがCB-Fを買いました。
「CBX1000が凄いのは分かるけど高い」
「CBX1000は憧れるけど130万はちょっと」
「こんな走るエンジンには乗れない」
といった声がほぼ占めていた。ちなみにこれはCBX1000の主要市場であった欧米でも同じ。
向こうでも”ホンダの赤ジェット”と賞賛されましたがセールスが伸びることはなく、欧州巻き返しの車種だったハズが北米の方がウケる始末。何故かっていうとアメリカ人にとって6気筒というのはステータスだから。
その為CBXは方向転換を余儀なくされ、81年からの三型SC06(初期型79年CB-1、足回りとオイルクーラーが改良された二型80年SC03)で大型カウルを装備し高級グランドツアラー(82年の四型ではグラブバー装備)へと変化していきました。
しかし不幸なことにそのポジションには既にアメリカで評価され売れていたゴールドウィングがいた。
スポーツにはCB-Fが、ツアラーにはゴールドウィングが・・・つまりCBX1000の居場所は無かったというわけ。
余談ですが、CBX1000を見ると「あと5年先だったら」と強く思います。
何故なら80年代半ばにはカウルはもちろんの事、水冷やアルミフレームなど大きく技術革新が起こっていたから。
もしかしたら限定生産でカムギアトレインになってたかもしれない・・・こんな事を言っても後の祭りですが、あまりにも高すぎたハードルにより一代限りとなってしまった直6のCBX1000を見るとどうしても
「公道を走る赤いジェット機をもっと見たかった」
という思いに駆られます。
主要諸元
全長/幅/高 | 2220/885/1495mm |
シート高 | 780mm |
車軸距離 | 1440mm |
車体重量 | 249kg(乾) |
燃料消費率 | 40.0km/L ※定地走行テスト値 |
燃料容量 | 20L |
エンジン | 空冷4サイクルDOHC六気筒 |
総排気量 | 1047cc |
最高出力 | 105ps/9000rpm |
最高トルク | 8.6kg-m/8000rpm |
変速機 | 常時噛合式5速リターン |
タイヤサイズ | 前100/90-19(57S) 後130/90-16(67S) |
バッテリー | FB12AL-A |
プラグ | X22ES-U/X24ES-U(標準)/X27ES-U または D7EA/D8EA(標準)/D9EA |
推奨オイル | ウルトラ-U(10W-40) |
オイル容量 | 全容量5.5L |
スプロケ | 前15|後35 [前18|後42] |
チェーン | サイズ630|リンク86 [サイズ530|リンク108] |
車体価格 | 920,000円(税別) ※国内正規販売なしのため ※[]内は80年以降モデル |
小生はHOベンリ-ベンリ-125アップマフラ-からCP77タイプ1にCP77で日本一周9千キロ走り回りました、その後CBX1000購入あちら此方と走り周り(北海道内)何処の駐車場に止めてもバイク好きな人が集まる、今時公道を走るCBXは希のようでバイク雑誌やバイク販売店で希に見るくらいとかで、極普通に走っているCBXに吃驚のようです、カウル付き北米仕様逆輸入車、2年前エンジンフルオバ-ホ-ルで65万係りました(-_-;)。
歳も歳なのでCBX大事にしてくれる方に売ります。
こんにちは〜
CBXいいですね!一度お話聞きたいです。