「DESERT EXPRESS」
クチバシの発祥であり怪鳥というアダ名でもおなじみDR-BIGまたはDR750SのSK43A型。B型もありましたがシグナルリレーが2極か3極など仕様地による些細な違いのみです。
ちなみにこのクチバシは異物からライトを守るためで正しくは”ダブルフェンダー”または”ライトフェンダー”と言いますが、海外でもクチバシと言われおり国によってはダックビル(カモノハシ)とも。
もうこの佇まいだけで十分特徴的というか異質な感じがあるんですが、更に驚くべきはシングルエンジンだと言うこと。
80年代にしてボアが常識範囲とされる100mmを超えた105mmでストロークは90mm。これで727ccもある量販車としては最大となる超ビッグボアシングルエンジンなんですね。
当然ながらこんなものをバランサーなしで乗ったら振動だけで怪我をするレベルなのでバランサーが贅沢にも二本(二軸バランサー)付いており振動を抑えています。
そのせいでスペースが無くなったのかヘッドバルブを動かすカムチェーンが斜めに入っているという面白い形に。
更にはスズキが得意としてた油冷方式も採用。
もう色濃いデザインに色濃いエンジンという中も外もパンチ効きすぎなモデルでした。しかも鬼のシート高890mmと遠慮知らずな29Lビッグタンクで興味を持った人もノックアウトっていう。
ファラオの怪鳥という異名は伊達じゃない・・・という話なんですが
「そもそも何でファラオの怪鳥なの」
という話をすると、これはまあ見て分かる通りラリーに由来します。
1980年代に入るとご存知パリダカを契機に欧州でラリーレースが爆発的な人気となりました。そのため最初はアマチュア中心のレースだったもののブランドイメージや販売台数に直結する事からNXRやTÉNÉRÉやR100G/Sなど各メーカーもワークス参戦しメーカー同士のガチンコバトルの場に。
それはスズキも例外ではなく仏スズキ主導でデザートプロジェクトが始動。そうして開発され1987年から参戦したのが異質なワークスラリーマシン
『DR-Zeta(ゼータ)』
というモデル。
どうして異質なのかというと当時のラリーマシンは多少重くなってもトップスピードが稼げる二気筒800cc前後が絶対と言えるほど当たり前だった中で単気筒だったから。
ホンダNXR→Vツイン
ヤマハTENERE→パラツイン
BMW R100G/S→フラットツイン
カジバ エレファント→Lツイン
という状況の中でスズキだけ
『単気筒SOHC830cc』
挑戦者の立場なのにこれではフザケてる言われても仕方が無い話。
ライバルと被らない為にシングルにしたのか・・・それにしたってシングルのそれも超特大なものというのは当時としては考えられない選択。
ちなみに独モトラッド誌(1987/6)によるとエンジン設計の森滝さんいわく設計当初は楕円ピストンの6バルブシングルで進めていたそう。
だからハッキリ言うとパリダカに次ぐ人気レースだったファラオラリーで初お披露目となった時は注目の的でした。
ただその注目というのは説明してきたことからも分かる通り期待から来る注目ではなく
『変なクチバシが付いた時代錯誤ラリーマシン』
というどちらかというと懐疑的な注目だった。
この事からスズキのラリーマシンはファラオの怪鳥と呼ばれるようになった・・・わけじゃないんですねこれが。
なんと二年目の1988年に見事勝っちゃったんです。
つまりファラオラリーに突如として現れ、下馬評を覆し勝利したクチバシ付きの変なバイクだったから
『ファラオの怪鳥』
と呼ばれるようになったという話。
そしてそれをオーバーラップさせるように(レースと同時進行で開発され)出されたのが1988年の怪鳥レプリカDR750Sというわけなんですね。
ただし少し残念な事に目立った勝利はこれ一回でパリダカで勝利を上げることは出来ませんでした。ラリーの話でスズキやDR-Zが出てこないのはこれが理由。
そんなもんだからDR-BIGは人気が出なかった・・・かというと実はそうでもない。最近になってV-STROMが再びDRデザインになった事から見ても分かるように意外と人気はあった。
登場して2年後となる1990年には
・ストロークを上げて779cc化
・リアブレーキをディスク化
などの変更が加えられたDR800Sにモデルチェンジ。
量販シングル最大排気量を自ら更新という一体何処を目指しているのかよく分からないモデルチェンジをし、翌1991年(写真下)にはタンクを24Lにして外装を含めスリム化。
これで欧州を中心に1997年まで販売されました。
約10年も販売されたんですよこの時代錯誤ラリーレプリカ。ラリーは1992年を持って撤退したにも関わらずです。
海外フォーラムいわく計6000台ほど生産されたという記述もありました。
ただその数字が本当だったとしてもベストセラーとは言えないし、一部に根強い人気があったからといってこのモデルの評価が高かったわけでもありません。
「重心も車重も高くアタック出来ない」
「シングルだから長距離も辛い」
「回すとリッター9しか走らない」
「足付き悪くて意外と遅い」
などなどマルチパーパスとして結構致命的な批評の声も散見される。
でもですね、これは愛されてるが故にそう言われてる面が強い。
だってラリー文化が根付いておらず正規販売すらされなかった日本でも話に上がるバイクが、ラリー人気がある海の向こうの人たちが忘れるわけがない。実際いまでも情報のやり取りやショップやオーナーズクラブがあったり、V-STROM1050でのDRデザイン復活に湧いていたりしているんですから。
もうこのモデルが忘れ去られる事は未来永劫ないでしょうね。
成績もセールスも決して優秀だったとは言えない。でもたった一回の勝利で絶対に消えない爪痕を残したファラオの怪鳥。
記録には残らないけど記憶には残る異質なラリーマシンでした。
主要諸元
全長/幅/高 | 2255/945/1295mm [2230/865/1325mm] |
シート高 | 890mm |
車軸距離 | 1475mm [1520mm] |
車体重量 | 179kg(乾) [185kg(乾)] <194kg(乾)> |
燃料消費率 | – |
燃料容量 | 29.0L [29.0L] <24.0L> |
エンジン | 油冷4サイクルOHC単気筒 |
総排気量 | 727cc [779cc] |
最高出力 | 52ps/6600rpm [54.4ps/6600rpm] |
最高トルク | 5.9kg-m/5500rpm [6.32kg-m/5400rpm] |
変速機 | 常時噛合式5速リターン |
タイヤサイズ | 前80/100-21(51P) 後120/90-18(65P) [前90/90-21(54S) 後130/80-17(54S)] |
バッテリー | YB14L-B2 [YTX14-BS] <92~ YB14L-B2> |
プラグ ※2つの場合は手前が、3つの場合は中央が標準熱価 |
DPR9EA-9 |
推奨オイル | SAE10W-40 |
オイル容量 ※ゲージ確認を忘れずに |
全容量3.4L 交換時2.6L フィルター交換時2.7L |
スプロケ | 前15|後48 [前15|後47] |
チェーン | サイズ520|リンク116 [サイズ520|リンク116] <サイズ525|リンク116> |
車体価格 | – ※[]内はDR800S ※<>内は92~DR800S |