「TWIN REVOLUTION」
ヤマハとしては非常に珍しいというかヤマハにしか出せなかったバイク。悪い意見を聞いたことが無いくらい良く出来た・・・不人気車でした。
このTRX850というバイクは世界で初めて270度クランク並列二気筒を採用したバイクです。270度クランクというのは簡単に言うとパラツインながらVツインの様な特性を持つエンジンのこと。
270度クランク二気筒やバンク角90度のVツインというのは燃焼間隔が270度(270-450)で終わり、残りの450度はおやすみ。ボン・ボン・・(ここでタイヤを休ませる)・・ボン・ボン・・・といったスキップする感じにすることでトラクション性が増すわけです。
※クランク角については「バイク豆知識:二気筒が七変化した理由」をどうぞ。
これは1980年の第1回と翌年の第2回のXT500改を最後に優勝から遠ざかっていたパリダカで、何が何でも勝つためにメーカー主導で考えられた(ファクトリーマシン用の)エンジンが始まり。
そしてヤマハは1991年に見事スーパーテレネYZE750T(0WC5)で10年ぶりに優勝。更には翌92年も翌々93年も優勝し三連覇という偉業を成しました。この結果ファクトリーマシンが禁止に。
そんなパリダカ三連覇マシンYZE750Tで培ったのノウハウの詰まったエンジンを積んだのがTRX850・・・・・とか紹介されてたりするのですが、実はYZE750Tは270度クランクじゃありません。これ360度クランクなんです。
セールス面でもパリダカマシンのスーパーテネレは270度クランクじゃないのに猛烈なパリダカアピール。おかしな話ですよね。
というのも確かにこの270度クランクというのはパリダカで勝つために生み出されたエンジン。ただ採用は見送られたんです。
それは
「パリダカ用に新しく二気筒エンジンを作りワークスで参戦する以上は絶対に勝たないといけない」
という背水の陣を敷いていたから。
そんな状況でまだ誰もやったことのない270度クランク並列二気筒というのはあまりにも未知数だったから、手堅い360度クランクで行くことになったわけです。
しかし上で言ったようにトラクション性に優れる特性の新しい二気筒エンジンをお蔵入りにさせるのはあまりにも勿体ない。そこでオンロード向け大型ツインスポーツバイクとして作られたのがTRX850。
二年後の1997年にパリダカ用として(ファクトリーマシンが禁止になったことから)限定販売したXTZ850TRXも270度クランクを採用しました。
つまりTRX850はパリダカが生んだ技術をパリダカマシンより先に積んで出たという有り得ないフィードバック車なんです。
さて、2010年頃から270度クランク並列二気筒がメジャーになりだし知る機会が多くなった事から、こう思ってる人が多いです。
「並列二気筒270度=安物疑似Vツイン」
だと。
確かにバンク角90度のVツインが(互いが打ち消し合う事から)振動を無視できる範囲なのに対し270度クランクは一次振動と偶力振動による歳差運動(みそすり運動)が出るので、振動面だけ見ると270度クランク並列二気筒はVツインに負けています。
そして製造コストもヘッドやシリンダーブロックがVツインと違って一つでいいから安い・・・でもVツインには無いメリットもあります。そしてTRX850はそれを突き詰めたからハンドリングが素晴らしいと言われるんです。
270度クランク並列二気筒だからこそ可能な事。それはマスの集中化。
マスの集中化っていうのは重いものはなるべく重心に近づけ、重心から遠い物はできるだけ軽くすることでバイクの挙動がコントローラブルになるわけです。
重心が先の方にある野球バットを普通に持った時と、反対に持った時のどちらが軽く思ったように振れるか想像すればわかると思います。
そうなった時に(あくまでもマスの集中化という点のみで見た場合)V型というのはどうしてもシリンダーブロックが横から見て前後に二つ必要になることから重量物が大きくバラけてしまう。対して並列二気筒はシリンダーブロックが一つだから非常にコンパクト。
更にマスの集中化においてTRX850がもう一つ秀でているのが、ウェットサンプ式ではなくドライサンプ式だという事。
これは簡単な話エンジンオイルを何処に溜めておくかの違いで、一般的なバイクはウェットサンプ式といってエンジンの底にあるオイルパンと呼ばれる部分にオイルを溜めておく。
一方でTRX850のドライサンプ式はオイルパンではなく別の場所にオイルタンクを設けてソコに溜めておく方法。エンジンを寄せ上げられる事からオフロードに採用される事が多い方式です。
オイルの4L缶を持ったことがある人ならわかると思いますが、オイルというのは結構無視できない重さがあります。写真のロレンソは軽々と持ってますが。
そしてTRX850のオイルタンクが何処にあるかというと・・・ここ(青丸)にある。
一般的なウェットサンプは下(緑丸)の部分。どちらがマスの集中化になってるかは一目瞭然ですね。これは並列二気筒という省スペースエンジンという事と、オフの極致であるパリダカが源流だったから出来たこと。
TRX850のハンドリングが素晴らしいと言われる理由は、270-450というトラクション性に優れる小気味良い点火タイミングと、このマスの集中化があったから。
Vツインを少し悪く言い過ぎた気がするので擁護しておくと、並列二気筒270度クランクはVツインと同じだけど振動が出るという他にも、二気筒が横に並ぶのでどうしても幅が大きくなる点がある。
車幅というのは扱いやすさに直結する大事な要素。そして車幅を抑えつつサーキットまでをも走れる剛性を確保したいなら、エンジンをフレームの一部として利用するダイヤモンド系のトラスフレームの一択。
トラスフレームっていうのは簡単にいうと、剛性が足りない部分や剛性を上げたい部分にパイプを継ぎ足すことで剛性を必要な所だけ必要な分だけ上げられるのがメリット。
人間で言えばオーダーメイドスーツのようなものなので、デメリットとしてコストと汎用性が悪い。
そしてダイヤモンド形式にするにはエンジンの振動があると不可能。だからこのTRX850もリジッドマウント(直付)するためにバランサーとよばれる振動打ち消し棒を二本も入れて完全に消してる。
TRX850がダイヤモンドトラスフレームを選んだのは、270度クランク並列二気筒の武器を存分に活かす方法としては必然だった・・・んだけど、これが全ての間違いだった。
当時、世界を賑わせていた名車ドゥカティ900SSと被ってしまったんです。
見た目も特性も似ている事から安価な900SSというイメージが定着してしまった。トラスフレームは別にドゥカティの特許じゃないけど既に十八番だったからそう思われても無理もない話。
ヤマハとしては意識してなかったのかもしれないけど、ちょっと意識して変えても良かったと思うんですけどね。
これは余談ですがVTRやSVといった国産Vツインがドゥカティのようにトラスフレームを好むのは別にドゥカティの真似というわけではなく
「振動の少ないVツイン×ダイヤモンドトラスフレーム」
の組み合わせが相性バッチリだからという理由が大きいんですよ。
話を戻しましょう。
TRX850の人気が出なかった理由としてもう一つ挙げられるのは二気筒850ccというスペック。
ナナハン解禁によるスペック競争が起きていた(リッター超えがステータスの)時代では中途半端な感じが否めなかった。
マシン自体は百戦錬磨のプロライダーや専門家の間で非常に好評だった。
それはいま説明してきた通りVツインみたいな安価バイクというだけでなく、マスの集中化から来るハンドリングという武器も持っていたから。
でもそれは色んなバイクを知って、色んな知識を得て、色んなバイクに乗ってみないと分からない。
そして多くの人はそんな経験を積めるはずもなく先入観で判断するから
1:DUCATIに似ている
2:リッターオーバー時代に849cc
という二つの大きな先入観の前にTRX850は為す術もなく倒れてしまった。これは日本だけじゃなくて輸出していた欧米でもそう。
最近になってMT-07というTRX850と同じ270度クランク並列二気筒のバイクが出ました。
コチラはTRX850が嘘のようにMotorcycle.comなどでベストモーターサイクルの佳作に選ばれるなど世界中で認められ絶賛されています。
“ハンドリングもフィーリングも良い上に信じられない破格の値段”
との事・・・TRX850を安物だ紛い物だと言っていた頃から20年後の事です。
更にセールスも非常に好調。これは車体価格が安いという事と、TRX850にあった2つの大きな壁が無いという事が大きいでしょう。
そして初年度だけの瞬間風速ヒットではなく毎年安定して売れているのは
”安物疑似Vツイン”
ではなく270度クランク並列二気筒のハンドリングやフィーリングの
”心地いい深さ”
が好評だからに他ならない。
ヤマハがMT-07で再び270度クランクのオンロードスポーツバイクに挑戦したのも、他のメーカーが270度クランクの並列二気筒のオンロードスポーツを出してきているのも、TRX850が挑戦した
“270度クランクの本質”
に対する声が良かった事が少なからず影響しているはず。
もしコレが出ていなかったら270度クランクはせいぜいビッグアドベンチャーに積まれるくらいのニッチなエンジンのままだったでしょう。
TRX850は180度クランク一択だった狭いパラツインスポーツ界の可能性を大きく広げる第一歩となったとっても偉大な・・・不人気車。
主要諸元
全長/幅/高 |
2070/700/1155mm |
シート高 |
795mm |
車軸距離 |
1430mm |
車体重量 |
206kg(装) |
燃料消費率 |
33.0km/L ※定地走行テスト値 |
燃料容量 |
18.0L |
エンジン |
水冷4サイクルDOHC2気筒 |
総排気量 |
849cc |
最高出力 |
83ps/7500rpm |
最高トルク |
8.6kg-m/6000rpm |
変速機 |
常時噛合式5速リターン |
タイヤサイズ |
前120/60ZR17 後160/60ZR17 |
バッテリー |
YTX12-BS |
プラグ ※2つの場合は手前が、3つの場合は中央が標準熱価 |
DPR8EA-9 |
推奨オイル |
SAE 10W/30~20W/40 |
オイル容量 ※ゲージ確認を忘れずに |
全容量4.2L 交換時3.5L フィルター交換時3.6L |
スプロケ |
前17|後41 |
チェーン |
サイズ525|リンク110 |
車体価格 |
850,000円(税別) |
系譜の外側