無冠のレーシングスピリットNR(RC40) -since 1992-

NR

「果てしない夢」

変なバイクとして有名なNR750/RC40(正式名称はNR)

何が変ってピストンが楕円の形をしていてコンロッドが二本付いてること。もちろん世界初です。

NRピストン

一体どうしてこういうことになったのかというと、レースが関係しています。

ホンダは1967年を最後にWGP(現MotoGP)から撤退していたのですが、復帰に向けレーサーを開発するプロジェクト

「New Racing Project」

を入交さん(後のHRC初代社長)指揮で発足し開発に取り掛かったのですが、最初に決めた目標がありました。

それは

「4stで3年以内に勝つこと」

です。

WGP500

当時のレースでは4stと2stもレギュレーションはほぼ同じ【4気筒/500cc】で2stが圧倒的に有利だったため2stの独壇場。そんな状況にも関わらず圧倒的に不利な4stを選んだわけです。

昔からそうですが何故ホンダは異常なまでに4stへ拘るのかというと

・本田宗一郎が4stを好み2stを嫌っていた事

・4stこそ未来につながる技術

というのが主な理由です。

しかし説明した通り2stの倍の行程が必要になる4stはパワーにおいて圧倒的に不利・・・悩みながら運転していてふと目に止まった構造物。

信号機

信号機・・・コレだと閃いたわけです。

「楕円形状による超ショートストロークエンジン&マルチバルブ化」

という閃き。

「2stの倍回るエンジンにすれば2stに勝てる」

という単純明快な答え。

ちなみに決して素人の思いつきではありませんよ。入交さんは東大工学部卒で入社と同時にマン島TTマシンのエンジン開発、さらには28歳の若さでF1マシンのエンジンを設計した正に天才エンジニア。

では信号機で閃いたのかというとスペースの有効活用にあります。

楕円ピストンと真円ピストン

簡単に言うと円を2つ並べた時に出来る無駄なスペースを無くせる事からバルブの有効面積やシリンダー幅の短縮のなどが可能となったわけです。

「単純なビッグボアじゃ駄目だったのか」

と思いますが、ビッグボアにするとバルブの直径も大きくなってしまい質量が増えるので、高速(高回転)で動かす事が出来なくなるし、デッドスペースも大きくなる。

そしてしつこいようですが”正攻法では2stにまず絶対に勝てない”のが当時のWGPです。

試しにシングルの楕円ピストンエンジンを作ってみたら意外とイケる事が判明。これでV4楕円ピストンエンジンの製作が決定。

そして誕生したのが1979年のNR500(0X)というレーサー。シーズン中盤に実験を兼ねてレースへ途中参加。ちなみにこの頃はまだ楕円ピストンということは極秘。

1979NR500

しかしいざ走らせてみると、回転数が(20000RPM以上)回る事によりバルブのサージング(正しく動かなくなる)や、コンロットが2本ある事からわずかの誤差でも捻れが生まれエンジンを破壊してしまう事。カムギアトレーンの減速ギア(リダクションギア)が耐えきれず折れてしまう等など、数々の問題が起こり入賞どころか完走すら難しいレベルだった。

NR500WGP

この事から当時はHY戦争中だった為

「会社の金で遊んでる。」

といった不満・レース不要論の声が社内から溢れてきた。ライバルメーカーに惨敗で成績を残せてないわけですからムリもない話。

100年以上の歴史を誇るレシプロエンジンで

「ピストン(燃焼室)が真円じゃないなんて非常識だ」

と同じエンジニアからも言われる始末。

NR500メンテナンス

NRはその整備性の悪さも非常に有名で、エンジンを降ろさないとオイル交換すらままならないほど遊びの無い作りでした。

しかし4stで2stに勝つにはもうこの道しか無いわけで、何と言われようが開発を推し進め1980年のNR500(2X型)、1981年の(2X改型)と改良を重ね性能を上げていきましたが・・・やはり2stと4stのハンディキャップは大きすぎ、それら改良も虚しく

“鈴鹿200キロの国内レースの一勝のみで世界レースは全敗”

という散々たる結果に。

パワーは出ていたんです。トップスピードはクラス1なほど。でもどうしてもエンジンヘッド(バルブやカム)が必要になる4stでは車重の増加を抑えられなかった。

NR750エンジン断面図

さすがのホンダもNRが敗走する度に

「まず勝つことが重要、2stで勝負すべき」

という意見が強くなっていき、2st版をNRと同じ福井プロジェクトリーダーのグループで並列する形で開発を開始。

最初は

「まだNRでやれることがある」

とチームは反対したのですが、並列する形で何とか納得。

そして出来上がったのがNS500で、NRを追うように1982年から世界レースへ打って出ました。

NS500

そしたらこのNS500は申し分の無い性能どころか圧倒的な速さで15年ぶりの世界レース優勝という栄誉をホンダにもたらし、更に翌1983年には12戦中6勝をあげ世界チャンピオンにまでなりました。

こうなるとNR500は完全に要らない子状態になり、95%の速さまで仕上げたとされる82年型のNR500(3X型)は一度もレースを走ること許されず。

その後NRは最後の望みとなる”市販予定の4st750cc”まで認められていた耐久レース世界選手権へシフトしNR750を開発し1987年のルマン24時間に出走。

NR750耐久レース仕様

予選では真円ピストンのRVF750と僅か0.3差の二位に付ける好タイムを記録したものの、決勝では組み付けミス等により3時間でリタイアという悔やまれる結果に。

これがワークスレーサーNR最後の国際レースとなりました。

歴代NR

市販車であるNR(RC40)はそんなNRプロジェクトの初期段階から決められていた

「フィードバックした市販車を出す」

という方針に基いて作られたバイク。

しかしこのバイクを見たとき多く人が車体価格に驚いたのに対し、レースを知る人たちからも別の意味で驚かれました。

・楕円ピストン

・チタンコンロッド

・アルミツインスパーフレーム

・マグホイール

・プロアーム

・カーボン(CFRP)カウル

NRの技術を詰め込んだレプリカではあるものの、どちらかと言うとデザインを優先した大柄な車体で、どう見てもレースに出るようなホモロゲーションモデル(レースベース車両)の作りじゃなかった。

NRラフデザイン

これは当時バブルで高級車が飛ぶように売れていた事と、VFR750R(RC30)や控えていたRVF(RC45)とバッティングしないようにする為もあります・・・が、理由はともかく

「もうNRではレースしない」

というホンダの答えが鮮明に出ていたんです。

NRエンジン

しかし最後の最後まで不運なことに発売されたと同時にバブルが崩壊し、520万円という車体価格の高さからセールスは苦戦。

限定300台ながら国内に200台ほど余ってしまう自体になりました。恐らく予定だった300台も世に出ていないと思われます。

NRの車載工具

ちなみにこれはNRの車載工具。車載工具までこんなに豪華なんですね。

ちなみにVFR750R/RC30も近い内容で全部揃えると13万円近いですがデットストック。

最後に・・・

NR予約ポスター

NR(RC40)はVFR750Rを始めとした歴代スペシャルバイクの中で、唯一無冠に終わったバイク。

これだけ聞くと明らかにホンダの汚点のように聞こえますね。

NR750カウルレス写真

でも4stで2stに勝つという無謀な選択をし、かつ成功させるため笑われようと煙たがられようと楕円という非常識の可能性を信じ1000回以上のテストや失敗を重ね、あと一歩のところまで仕上げた。

これほどまでに”走る実験室”というホンダレーシングスピリットが色濃く詰まってるバイクはない。

NR750

「名誉はないが誇り(スピリット)はある」

それがNRというバイク。

【余談】

NRの「New Racing Project」は若手技術者だけ構成されたプロジェクト。

VFR750R等の開発に関わった山中さんですら口出し厳禁だったそう。その理由は

「レーシングスピリットを持つ人材の育成」

というこれからのホンダを支える社員を育てる目的があったから。

ここで思い出したのがF1。

MCL32

あまり詳しくないのですがホンダはボコボコにヤラれているようですね。しかもエンジニアは若手が中心とか・・・これ正にNRと同じ状況。

F1への参戦は宣伝でも勝つためでもなく、エンジニア育成の為だと思って暖かく見守ってあげましょう。

【余談2】

レーサーマシンNR500そしてNS500のプロジェクトリーダーを務められた福井さんは後に六代目社長となる方。

そしてそのプロジェクトの最高責任者だった入交さんも、その後にホンダの副社長そしてHRC初代社長にまで上り詰めたわけですが、諸事情ありホンダを退職しSEGAへ副社長として入社。そして制作総指揮を努め生まれた作品がSEGAを代表する作品の一つ「サクラ大戦」だったりします。

入交昭一郎

そしてその実績を買われセガの社長になると、プレイステーションに対抗すべくドリームキャストの開発を指揮。

しかしこれが不振に終わったことで引責辞任されています。

主要諸元
全長/幅/高 2085/890/1090mm
シート高 780mm
車軸距離 1435mm
車体重量 244kg(装)
燃料消費率 20.8km/L
※定地走行テスト値
燃料容量 17L
エンジン 水冷4サイクルDOHC4気筒
総排気量 747cc
最高出力 77ps/11500rpm
[125ps/14000rpm]
最高トルク 5.4kg-m/9000rpm
[7.0kg-m/11500rpm]
変速機 常時噛合式六速リターン
タイヤサイズ 前130/70-16
後180/55-17
バッテリー FTX12-BS
プラグ
※2つの場合は手前が、3つの場合は中央が標準熱価
ER9EH
推奨オイル
オイル容量 全容量4.7L
交換時3.6L
フィルター交換時3.9L
スプロケ 前16|後40
チェーン サイズ525|リンク108
車体価格 5,200,000円(税別)
※[]内は海外仕様
系譜の外側
DN-01

拒絶された渾身のATスポーツクルーザー
DN-01
(RC55)

gts1000

悪いのは人か技術か
GTS1000/A
(4BH/4FE)

750カタナ

カタナと名乗れなかったカタナ
GSX750S
(GS75X)

ザンザス

Zの亡霊と戦ったZ
XANTHUS
(ZR400D)

CBX400カスタム

30年経ってCBXと認められたアメリカン
CBX400CUSTOM
(NC11)

BT1100

イタリア魂が生んだもう一つのMT
BT1100 BULLDOG
(5JN)

GSX1300BK

本当の怪物は誰も求めていなかった
GSX1300BK B-KING
(GX71A)

ZR750F/H

死せるザッパー生ける仲間を走らす
ZR-7/S
(ZR750F/H)

ホンダCBX1000

大きすぎた赤い夢
CBX1000
(CB1/SC03/06)

GX750/XS750

ブランドは1台にしてならず
GX750
(1J7)

スズキGAG

SUZUKIのZUZUKI
GAG
(LA41A)

Z1300

独走のレジェンダリー6
Z1300/KZ1300
(KZ1300A/B/ZG1300A)

NM-4

アキラバイクという非常識
NM4-01/02
(RC82)

FZX750

大きな親切 大きなお世話
FZX750
(2AK/3XF)

GSX1400

踏みにじられたプライド
GSX1400
(GY71A)

750Turbo

タブーを犯したターボ
750Turbo
(ZX750E)

NR750

無冠のレーシングスピリット
NR
(RC40)

TRX850

現代パラツインスポーツのパイオニア
TRX850
(4NX)

GS1200SS

嘲笑される伝説
GS1200SS
(GV78A)

ゼファー1100

ZEPHYRがZEPHYRに
ZEPHYR1100/RS
(ZR1100A/B)

NS400R

狂った時代が生んだ不幸
NS400R
(NC19)

RZV500R

手負いの獅子の恐ろしさ
RZV500R
(51X/1GG)

RG500Γ

チャンピオンの重み
RG500/400Γ
(HM31A~B/HK31A)

AV50

なぜなにカワサキ
AV50
(AV050A)

ドリーム50

五十路の夢
DREAM50
(AC15)

フォーゲル

楽し危なし
POCKE/VOGEL
(4U1/7)

ストリートマジック

シンデレラスクーター
TR-50/TR-110
(CA1L/CF12)

Z750ツイン

鼓動と振動
Z750TWIN
(KZ750B)

フォルツァ125

市民権の象徴
FORZA125
(JF60)

SRX4/6

決して多くない人たちへ
SRX-6/SRX-4
(1JK/1JL~)

DR-Z400SM

最初で最後のフルスペック
DR-Z400S/SM
(SK43A/SK44A)

ZX-7R/RR

問題児レーサー
ZX-7R/RR
(ZX750P/N)

RC213V-S

2190万円の妥協と志向
RC213V-S
(SC75)

YZF-R7

7と1でWE/R1
YZF-R7
(5FL)

バーグマンFCS

エコの裏で蠢くエゴ
BURGMAN FCS
(DR11A)

エリミネーター750/900

名は体を現す
ELIMINATOR750/900
(ZL750A/ZL900A)

モトコンポ

こう見えて宗一郎のお墨付き
MOTOCOMPO
(AB12)

TDR250

聖地突貫ダブルレプリカ
TDR250
(2YK)

グース

決めつけられたシングルの正解
Goose250/350
(NJ46A/NK42A)

Z650

小さく見えるか大きく見えるか
Z650
(KZ650B)

X4

単気筒
X4
(SC38)

SDR200

軽く見られた軽いやつ
SDR
(2TV)

チョイノリ

59,800円に込められた思い
choinori
(CZ41A)

ゼファー750

復刻ではなく集大成
ZEPHYR750/RS
(ZR750C/D)

PS250

モトラリピート
PS250
(MF09)

DT-1

冒険という感動創造
トレール250DT1
(214/233)

Vストローム250

二度ある事は三度ある
V-STROM250
(DS11A)

エリミネーター250

周期再び
ELIMINATOR250/SE/LX
(EL250B/A/C)

CX500ターボ

打倒2ストのブースト
CX500/650TURBO
(PC03/RC16)

YA-1

原点進行形
YAMAHA125
(YA-1)

rf400r

RでもFでもない
RF400R/RV
(GK78A)

250-A1

半世紀を迎えた吉凶のライムグリーン
250-A1/SAMURAI

Vツインマグナ

氷河期 of Liberty
V-TWIN MAGNA(MC29)

TDR50

RALLYってしまった原付
TDR50/80(3FY/3GA)

SW-1

オシャレは我慢
SW-1(NJ45A)

ボイジャー1200

可愛い娘は旅をせよ
Voyger XII
(ZG1200A/B)

WING

Twist and Shaft
WING
(GL400/GL500)

ビーノ

その愛嬌は天然か計算か
VINO
(SA10J/SA26J/SA37J/SA54J/AY02)

DRビッグ

爪痕を残し飛び去った怪鳥
DR750S/DR800S
(SK43A/SR43A)

テンガイ

愛おぼえていますか
Tengai
(KL650B)

CB92

雪辱のSSその名はシービー
CB92

XT400E

本当の名前は
ARTESIA
(4DW)

ジェベル250

ツールドジェベル
DJEBEL250/XC/GPS
(SJ44A/SJ45A)

KV75

混ぜるなキケン
75MT/KV75
(KV075A)

ダックス

泥遊びなら任せろ
DAX
(ST50/ST70/AB26)

ランツァ

単槍匹馬のラストDT
LANZA
(4TP)

GT750

水牛であり闘牛である
GT750
(GT750J~N)

VTR1000SP-2(SC45後期)-since 2003-

SC45後期

「THE REAL-WORLD SUPERBIKE」

VTR1000SP/SC45の後期モデルとなる通称SP-2。

・ツインインジェクション化
・スクリーンの高さを30mm延長
・ステム/キャスター&トレール角の変更
・スイングアームピボット変更
・スロットルボディ径の拡大
・6kgの軽量化
・フレームの全般的な見直し

などなど書ききれない程の数々の変更が加えられていますが、SP-2における最大の狙いはフレーム剛性を少し柔らかく(捻じれやすく)見直してハンドリングを向上させたこと。

SC45後期

これによって乗りやすくなったんですが、乗りやすくなったといってもそれは街乗りとかそういうレベルではなく・・・なんでって結局はこれらの変更もHRCがレースしながら改良してきたワークスマシンのフィードバックだから。

市場を考慮してモデルチェンジしたわけではなくHRCが

「こうしたほうが勝てるマシンになるよね」

っていう改良を市販車の段階から実装させたモデル。

SP-2/SC54カタログ

どんだけHRC(レース)しか見てないんだって話。

このSP-2が出るまでの2002年時点でVTR1000SPは

・WSB
・鈴鹿8耐(4連覇)
・ルマン24時間
・マン島TT
・デイトナ200マイル

などなど名だたるレースで勝利をあげタイトル総ナメに近い状態。にも関わらず更なる改良SP-2で鬼に金棒と化した・・・わけですが不運が訪れます。

レース協会がWSBで使うタイヤをピレリのワンメイクにすると発表したんです。

ブラックフレームSP2

レースでミシュランを好んで使っていたホンダはこれに猛反対。

どうもVTR1000SPWはタイヤとのマッチングにシビアな面があったようなので飲むわけにはいかなかったんでしょう。

そしてもう一つの要素がこれまで
『四気筒750cc、二気筒1000cc』
という二気筒優遇だったレギュレーションが
『四気筒1000cc、二気筒1200cc』
へと改定され二気筒1000ccの優位性が無くなるどころか使い物にならなくなった事。

SP2とSPW

まるでVTR1000SPをレースから追い出すような環境に急変したわけです。

これらによりホンダは怒ってワークス撤退を表明。CBR1000RRがこの後を担うようになるわけですが、よっぽど腹が立ったのかワークス参戦はずっとしませんでした。

つまり話を戻すとSP2は登場と同時に余命一年の宣告を受けたという話。

SP2の顔

なんとも悲しい運命・・・かと思いきや実はそうとも言い切れなかったりする。

というのもこのSP2なんと北米では2006年までRVT1000/RC51(SP3~SP6)として非常に人気だったんです。

なぜ北米で人気だったのかというと一つは『デイトナ200マイル』というアメリカで一番人気のある伝統レースで2002年にポールトゥウィンという完璧な勝利をあげ、全米シーズンチャンピオンにも輝いたから。

VTR1000SPとニッキー・ヘイデン

ちなみにその時のライダーは後にMotoGP王者となるニッキー・ヘイデンです。

そしてもう一つはVTR1000Fプロトタイプのくだりを読まれているならおわかりかと思います。

VTR1000SPとニッキー・ヘイデン

「自分たちが欲したVツインスポーツだったから」

ですね。

アメリカン人ライダーがデイトナ200を完勝し性能を証明した自分たち好みのバイク

『名実ともに完璧なVツインスポーツ』

となればそりゃ人気も出ますよね。

VTR1000SPとニッキー・ヘイデン

ただ一方で日本は直4が好まれる上に空前のSSブームが起こっていたので消えたことすら話題になりませんでした・・・まあ広告もほとんど打たずカタログもペライチだった事から見ても、ホンダも数を売るつもりは無かったみたいですから仕方のない話なんですけどね。

そんな登場からわずか4年足らずで消える事となったVTR1000SPですが、このバイクが登場しレースで猛威を奮えば奮うほど界隈からは

「ホンダ大人げないぞ」

という声が聞かれました。

VTR1000SP-2センター

理由は最初に話した通り、二気筒の優遇が顕著になった事でそれまで培ってきたV4を捨ててV2にしたから。要するにプライドは無いのかって話なんですがVTR1000SPWのエンジン設計PLだった野村さんいわく

「抵抗はあったがそれよりも勝ちたかった」

との事・・・SP-1でも言いましたがVTR1000SPって結局これなんですよね。

VTR1000SPはワークス技術を多くの人に提供する意味合いが強かったRVF/V4と違い、自分たちが勝つためのマシンとして造られた意味合いが非常に強い。レースでも今のホンダからは想像がつかないほど貪欲に勝利を取りに行くワークス体勢だった。

ホンダVTR1000SP-2ブローシャ―

当時のホンダは本当に勝利に飢えてたんだと思います。

だからこのVTR1000SPというバイクは多くの人に夢を与え続けてきたホンダが

「自分達も夢を見たい」

とマーケットもブランドもフィロソフィーも、優等生キャラもかなぐり捨て自身の飢えを満たす為だけに造り上げた

『わがままボディのスーパーバイク』

と言えるんじゃないかと。

VTR1000SP-2カタログ

だってVTR1000SP関係の資料をどれだけ調べても勝つ為のこだわりや苦労だけでセールストークが一切見当たらないんですよ。

「いやあ大変でした」

ってニコニコしながら言ってる話しかない。

参考文献:RACERS41

主要諸元
全長/幅/高 2060/725/1145mm
シート高 825mm
車軸距離 1420mm
車体重量 194kg(乾)
燃料消費率
燃料容量 18L
エンジン 水冷4サイクルDOHC2気筒
総排気量 999cc
最高出力 136ps/9500rpm
最高トルク 10.7kg-m/8000rpm
変速機 常時噛合式6速リターン
タイヤサイズ 前120/70-17(58W)
後190/50-17(73W)
バッテリー YTZ12S
プラグ
※2つの場合は手前が、3つの場合は中央が標準熱価
IFR9H11(標準)/IFR8H11
または
VK27PRZ11(標準)/VK24PRZ11
推奨オイル ウルトラGP(10W-40)
オイル容量 全容量4.3L
交換時3.5L
フィルター交換時3.9L
スプロケ 前16|後40
チェーン サイズ530|リンク106
車体価格
※国内正規販売なしのため
系譜図
VTR1000F前期1986年
VTR1000F
Prototype
VTR1000F前期1997年
VTR1000F
(SC36前期)
VTR1000F後期2001年
VTR1000F
(SC36後期)

VTR1000SP-12000年
VTR1000SP-1
(SC45前期)
VTR1000SP-22003年
VTR1000SP-2
(SC45後期)

【関連車種】
VFRの系譜YZF-R1の系譜GSX-R750の系譜ZX-10Rの系譜

VTR1000SP-1(SC45前期)-since 2000-

SP1サイド

「The V-Twin superbike supreme」

ホンダが出してきたホモロゲーションモデルの中でも異彩を放つVTR1000SP/SC45型。北米ではRC51という非常にややこしい名前も持っていたりします。

まずもってこのバイクが何故誕生したのかというとバイクレースの中でMotoGPとは別に

『WSB(ワールドスーパーバイク)』

という市販車いわゆるスーパースポーツで行われるレースが行われており、この頃は

『四気筒750cc|二気筒1000cc』

というレギュレーション(ルール)でした。

VFR750R/RC30やRVF/RC45が750ccだったのもこれが理由なんですが、90年代後半になると排気量と最低重量の関係で二気筒が非常に有利になった。

そのためいくらRVF/RC45が凄いバイクだったとはいえホンダも苦戦しチャンピオンを逃す年が続いていた。

VTR1000SP-1コンセプトスケッチ

そこでVFR750R/RC45に代わるマシンとして開発されたのがVTR1000SP/SC45というわけ。

元々VTR1000Fというバイクが先に登場していたのでVツインのレーサーも出るだろうと巷で噂されていました・・・が一向に出ず、実際に出たのはVTR1000Fから約3年後となる2000年とかなり遅かった。

この原因は

「VTR1000がSPありきじゃなかったから」

という理由が一つ。

SP1リア

もともとVTR1000F/SC36が開発されていた段階ではまだSPは開発の話すらされていなかったんですね。

じゃあ開発のキッカケは何かというと朝霞研究所(二輪開発部門)がVTR1000Fと同時進行でレーサー仕様をHRC(レース部門)に持ち込んで開発を始めた事。

これにHRC側が目をつけたもののストリート重視でピボットレスだったVTR1000Fベースでは剛性が足りず世界レースで戦うのは難しい(WSBはフレームの変更が禁止)という事から独自にVツインエンジンのプロトタイプワークスマシンを開発。

それを元に擦り合わせるように市販車レベルに落とし込んだ

『HRCスペシャルマシンの市販版』

がVTR1000SP/SC45というわけ。

VTR1000SP-1カタログ写真

「VTR1000Fと同じ部品はウィンカーくらい」

というジョークになってないジョークが生まれるほど全く別物になった事にはこういう背景があった。

ちなみに朝霞研究所はレース開発を取られた気がしないでもないですが、VTR1000Fレーサーもお蔵入りさせるのが勿体なかったのかモリワキの手に渡りVTR1000SPより早い1997年つまりVTR1000F登場と同時にレース出場しています。

モリワキワークスVTR1000F

これ朝霞チューンがベースだったんですね。

ただ発売が遅くなったもう理由はもう一つありました。それは開発の難航。

RC51

Vツインだろうが唯一無二のカムギアトレーンで133馬力(KITで172馬力、ワークスは180馬力以上)というHRCらしいエンジンになっているんですが、難航したのはエンジンではなくフレームの方。

SP1のフレーム

世界レースにも耐えうる剛性を確保するため様々なパターンのフレームが造られたものの、Vツインという未知の領域への挑戦だった為なかなか満足のいくものが出来ず試行錯誤の連続で最終的に50以上ものフレームを製作する事になったんだそう。

これらのため本来ならば1999年からの予定だったのが1年遅れて2000年からの発売&ワークス参戦となりました。

HRC_RC51

ちなみにVTR1000SPがエキスパート向けと呼ばれる部分もここにあります。

VTR1000SPは”一応”市販車でRVFの様な限定でも超高額マシンでもなかったから比較的誰でも買うことが出来ました。しかし同時に決して誰でも乗れるのようなバイクでもなかった。

・Vツイン特有の瞬発力ゆえ繊細さを求められるアクセルワーク
・非常に硬いサスペンション
・強力過ぎるブレーキ
・低速ではすぐにオーバーヒート

などなど色々あるんですが、やっぱり一番はフレームの想定域が高すぎて生半可な走りを受け付けないほど硬派というか硬かった事。

SC57

レースを視野に開発されたホモロゲーションモデルが乗りにくいのは珍しい事じゃないんだけど、それを考慮しても完全に割り切ってるとしか思えないほどだった。

じゃあレースではどうだったのかというと2000年に市販車世界レースWSBにVTR1000SPWでワークス参戦するやいなやコーリン・エドワード(写真左#2)がチャンピオンを獲得。

2000年VTR1000SPW

デビューイヤーでいきなり目的を達成したわけですが、それだけじゃないのがこのバイクの凄いところ。

同年の鈴鹿8耐でも宇川徹&加藤大治郎コンビがコースレコードを更新するほどの速さで優勝。

8耐VTR1000SPW

ちなみに翌2001年も皆さんご存知バレンティーノロッシが勝利しV2を達成しています。

更には二気筒としては史上初となるルマン24時間耐久レースの優勝。そしてそしてマン島TTでも2000年にミスターマン島ことジョイ・ダンロップの最多勝利数にも貢献。

8耐VTR1000SPW

なんと銅像まで建てられました。

結局これがSPがどういうバイクかを如実に表していますよね。

市場からの評価は決して良いとは言えなかったけど、一方レースではこれ以上無いほどの戦果を上げた。

これが何故かといえばVTR1000SP/SC45はユーザーに最高だと思ってもらう為に開発されたバイクじゃないから。

VTR1000SP-1

「HRCを始めレースで戦う者にとって最高だと思える為に造ったVツインだったから」

ですね。

主要諸元
全長/幅/高 2060/725/1120mm
シート高 815mm
車軸距離 1410mm
車体重量 200kg(乾)
燃料消費率
燃料容量 18L
エンジン 水冷4サイクルDOHC2気筒
総排気量 999cc
最高出力 133ps/9500rpm
最高トルク 10.7kg-m/8000rpm
変速機 常時噛合式6速リターン
タイヤサイズ 前120/70-17(58W)
後190/50-17(73W)
バッテリー YTZ12S
プラグ
※2つの場合は手前が、3つの場合は中央が標準熱価
FR9BI-11(標準)/FR8BI-11
または
IK27C11(標準)/IK24C11
推奨オイル ウルトラGP(10W-40)
オイル容量 全容量4.3L
交換時3.5L
フィルター交換時3.9L
スプロケ 前16|後40
チェーン サイズ530|リンク104
車体価格
※国内正規販売なしのため
系譜図
VTR1000F前期1986年
VTR1000F
Prototype
VTR1000F前期1997年
VTR1000F
(SC36前期)
VTR1000F後期2001年
VTR1000F
(SC36後期)

VTR1000SP-12000年
VTR1000SP-1
(SC45前期)
VTR1000SP-22003年
VTR1000SP-2
(SC45後期)

VTR1000F(SC36後期)-since 2001-

SC36後期

「心震わすスーパーVツイン」

VTR1000Fの後期モデル。

後期モデルで燃料タンクが2L増えてハンドルの垂れ角も見直され若干ツアラー寄りになりました。HISSも新たに装備。

ファイヤーストーム後期

最初にこのFモデルこそVTR1000だと言ったんですが、それは構造だけでなく欧州が求めた”味”の部分まで非常に良く出来てるから。

ツインならでは細身やトルク感はもちろんのこと、ピボットレスフレームのおかげで程よいダルさ。

上手い人が乗ると圧倒的にSPモデルの方が速く走れるだろうけど、恐らく大半の人はこのVTR1000Fの方が速く楽しく走れる。

ファイヤーストーム

車名にFコンセプト(オールマイティ)の意味を表すFが付いてるだけの事はあるってことです。

VFやVFRなど数々の大型バイクを手がけてきた開発リーダーの齋藤さんも

「公道で最大に楽しめて2乗りも出来る究極のFを目指した」

と仰っています。

でも残念なことにキャブモデルだったのが災いし、排出ガス規制強化により2007年モデルをもって生産終了となってしまいました。

バラデロ

同じエンジンを積んだXL1000バラテロはFI化して2013年まで売られたんですが・・・。

まあVツインスポーツのメイン市場である欧州ではやっぱりドゥカティが強いし、日本勢はSVが快進撃を繰り広げてましたからね。

肝心の日本も四気筒がステータスでVツイン市場は無いに等しいから。

ファイヤーストームカタログ写真

ただこの件にしては開発チームも既定路線というか分かっていたみたいです。

エンジン設計をされた角さんがまだ絶賛発売中だった当時の時点でこう仰っていました。

「VTR1000Fの出発点は四気筒と二気筒に乗る人は人種が違うということ。だからいくら今売れているからといっても二気筒は二気筒・・・VTR1000Fがメジャーになることは無いと思います。でもそれでいいと思うんですよ。二気筒は四気筒に飽きた人が、四気筒にはないアクセルの開けやすさと低域の不安定さを楽しむ為のマニアックな乗り物。」

SC36カタログ写真

「そしてVTR1000Fはそういう人の為のバイクなんです。」

主要諸元
全長/幅/高 2050/720/1155mm
シート高 810mm
車軸距離 1430mm
車体重量 218kg(装)
燃料消費率 25.1km/L
※定地走行テスト値
燃料容量 18L
エンジン 水冷4サイクルDOHC2気筒
総排気量 995cc
最高出力 93ps/8500rpm
最高トルク 8.7kg-m/7000rpm
変速機 常時噛合式6速リターン
タイヤサイズ 前120/70-17
後180/55-17
バッテリー FTX12-BS
プラグ
※2つの場合は手前が、3つの場合は中央が標準熱価
DPR8EVX9
推奨オイル ウルトラG2/G3(10W-40)
オイル容量 全容量4.5L
交換時3.7L
フィルター交換時3.9L
スプロケ 前16|後41
チェーン サイズ525|リンク102
車体価格 920,000円(税別)
系譜図
VTR1000F前期1986年
VTR1000F
Prototype
VTR1000F前期1997年
VTR1000F
(SC36前期)
VTR1000F後期2001年
VTR1000F
(SC36後期)

VTR1000SP-12000年
VTR1000SP-1
(SC45前期)
VTR1000SP-22003年
VTR1000SP-2
(SC45後期)

VTR1000F(SC36前期)-since 1997-

SC36

「BIG V-TWIN SPORT」

プロトタイプの紆余曲折があって遂に形になったVTR1000F/SC36型。

長く掛けすぎたせいで実は発売時に一つアクシデントが発生します。それはこのVTR1000Fが出る数ヶ月前にスズキからTL1000Sというモロ被りバイクが登場した事。

これはホンダも寝耳に水だったらしく、慌ててプレスリリース日を(TL1000Rの約二ヶ月後に)一ヶ月ほど早めた経緯があったりします。

ちなみに下の写真のモデルは北米向けのSUPERHAWK996。

スーパーホーク996

まあそれよりVTR1000の話ですが、VTR1000というとどうしても話題になるのは後述するSPモデルの方ですが、個人的にはこのFモデルこそVTR1000だと思っています。

VTR1000Fの特徴といえばアルミピボットレスフレームとサイドラジエーター。

ピボットレスっていうのはスイングアームをフレームに繋ぐのではなくエンジンに直接つける手法。

VTR1000以外にもCBR954RRやVFRに使われた技術でしなやかさを生むわけですが、VTR1000Fの場合はホイールベースを縮めるという狙いが強くあります。

これについては・・・少しVツインについて説明。

90度Vツイン

まずVTR1000FのVツインエンジンは挟み角が理想とされる90°なわけです。

90°にすれば互いが互いの運動の振動を打ち消し合って振動を0にできる。

振動が0なら振動を打ち消すバランサーが要らない。そしてバランサーが要らないという事はエンジンを軽く出来るし、馬力を稼げる。

ピストン

更にVツインは直列型と違いシリンダーを横に並べずに済むのでとってもスリムに出来る。

つまり90度Vツインはまさにバイクにうってつけの理想的なエンジン・・・と思いきや実は問題もあります。

挟み角

90度っていうのはつまり直角。

直角になるとそれだけエンジンの全長が長くなってしまう。

エンジンの全長が長くなればそれだけバイクの全長、ホイールベースも比例して長くなって(鈍重になって)しまう。

VTR1000Fのディメンション

それをなんとかするためのピボットレスフレームというわけ。

ただしVツインにはもう一つ問題がある。

それは前輪に干渉しないよう後ろの方に積む必要があること。

エンジンという重要物を後ろに持っていくと、前後の荷重分布が後輪寄りになってしまいハンドリングの安定性が確保できないという問題が出る。

エンジンを前に持っていくには・・・前にある物をどかせばいい。前にあるものそれはラジエーター。

デュアルサイドラジエーター

量販車初となるサイドラジエーターを採用した狙いはソコにある。

VTR1000FというバイクはVツインのデメリットをピボットレスフレームとサイドラジエーターで解消したバイク。

「創意工夫でなんとかする」

というホンダの信念を体現しているバイクなんです。

しかしラジエーターが横向きで本当に冷えるのか疑問に思う人もいるでしょう。

VTR1000透視図

実際のところVTR1000Fを始めとしたサイドラジエーター式は冷却性能があまりよろしくないです。

二個もラジエーターを付けたのもその為ですし、カウルで覆っているのも単に保護するためだけでなく気圧差や整流効果を出すため。

ちゃんと意味あるんですよこのカウル。

主要諸元
全長/幅/高 2050/710/1155mm
シート高 810mm
車軸距離 1430mm
車体重量 215kg(装)
燃料消費率 22.1km/L
※定地走行テスト値
燃料容量 16L
エンジン 水冷4サイクルDOHC2気筒
総排気量 995cc
最高出力 93ps/8500rpm
[110ps/9000rpm]
最高トルク 8.7kg-m/7000rpm
[9.9kg-m/8500rpm]
変速機 常時噛合式6速リターン
タイヤサイズ 前120/70-17
後180/55-17
バッテリー FTX12-BS
プラグ
※2つの場合は手前が、3つの場合は中央が標準熱価
DPR8EVX9
[DPR9EVX9]
推奨オイル ウルトラG2/G3(10W-40)
オイル容量 全容量4.5L
交換時3.7L
フィルター交換時3.9L
スプロケ 前16|後41
チェーン サイズ525|リンク102
車体価格 870,000円(税別)
※[]内はUS仕様
系譜図
VTR1000F前期1986年
VTR1000F
Prototype
VTR1000F前期1997年
VTR1000F
(SC36前期)
VTR1000F後期2001年
VTR1000F
(SC36後期)

VTR1000SP-12000年
VTR1000SP-1
(SC45前期)
VTR1000SP-22003年
VTR1000SP-2
(SC45後期)

VTR1000Prototype-since 1986-

VTR1000プロトタイプ

VTR1000Fが誕生するキッカケとなったのは・・・なんと発売の10年前となる1986年の事。

欧州ホンダがVT1100の狭角エンジンを利用したものを造り

「これ(Vツインスポーツ)を出してくれ」

と提案してきたのが始まり。

ただし、この頃はまだVツインのイメージがホンダにはないとしてお蔵入り。

それから時は流れて1994年。

今度は北米ホンダから同じ様に

VR980

「これ(Vツインスポーツ)を出してくれ」

と、ブロス650のフレームにロングストローク化したアフリカツインのエンジン。

そして足回りはCBR900RRというサンコイチ車VR980を造り、日本に提案だけでなく車体ごと送りつけてきた。

「欧州も北米もVツインスポーツを欲してる」

と理解したホンダはプロジェクトをスタート。

この様に始まり方が普通じゃなかった為に、企画の進め方も普通じゃありませんでした。

というのも

「欧州も北米も欲しているのは分かったが方向性が全然違う」

という問題があったから。

そこでとった方法は日欧米対抗のVツインコンペ大会でした。

第一回は

「各々が思うVツインスポーツ」

第一回コンペ大会

日欧米のVツインスポーツに対する考えが鮮明に出ていて面白いですね。

スポーツとは”味”だと考える欧州、スポーツとは”過激さ”だと考える北米、その間中を取り持つような日本。

更に数ヶ月に行われた第二回は、前回のコンペを見た開発チームからの要望

「スポーツ走行可能な剛性を持たせる」

という条件を設けられました。

第二回コンペ大会

味を捨てたくない欧州は最低限のツインチューブとなり、過激にしたい北米はbimotaかと思うほどドストレートなツインチューブに。

そして日本は相変わらず両者の間中というかバランスを取った形に。

そして第三回は上記に加え

「バンク角90°の水冷Vツイン」

という条件が追加。

第三回コンペ大会

意思疎通が出来つつも小ぶりなハーフカウルで魅せる事を大事にしている欧州に対し、北米は全く譲らず・・・後に紹介するSPが北米で人気だった理由がわかった気がしますね。

そして相変わらず両者の間中を取り持つ日本。

最終の第四回。

「ピボットレスフレーム」

が更に追加。

最終コンペEU案

欧州の最終案は第三回とほぼ変わらず。

ちなみにTHUNDER998という名前でした・・・もしかしたら一年先に出たサンダーエースとサンダーキャットに名前を取られた形なのかな。

話を戻して次は北米。

最終コンペUS案

ツインチューブこそ諦めたものの相変わらず直線基調の高剛性フレームを堅持し、またフレームとVツインをアピールするハーフカウル。

エキゾーストパイプがクロスさせ、真上にカチ上げる事で過激さをアピール。

そして最後は日本。

最終コンペEU案

エンジンをスッポリと覆い隠すようなフレームと、大きく長いハーフカウルが付いているのが特徴的。そして何故かBrembo。

三案とも左右のマフラーの高さを揃えていないのが面白いですね。

これらの案をチーフエンジニアの齋藤さんを始めとした開発メンバーが技術的な検証をし、擦り合わせて一本化したのがこれ。

最終コンペ

これを元に開発に取り掛かる事となりました。

VTR1000Fはデザインだけで実に一年も掛けたわけですね。

主要諸元

※プロトタイプのため不明

系譜図
VTR1000F前期1986年
VTR1000F
Prototype
VTR1000F前期1997年
VTR1000F
(SC36前期)
VTR1000F後期2001年
VTR1000F
(SC36後期)

VTR1000SP-12000年
VTR1000SP-1
(SC45前期)
VTR1000SP-22003年
VTR1000SP-2
(SC45後期)

VTR(JBK-MC33後期) -since 2013-

2013VTR

「Urban Sport Style」

サスセッティングとマッピング見直しによる低域レスポンスの改善が行われたJBK-MC33の後期・・・いや後期って分かりやすくするために勝手に言ってるだけですけどね。

ブラックアウト化されたエンジンが特徴的なんですが、それよりも重要なのがハーフカウルを纏ったVTR-Fが追加というか復活したこと。

VTR-F

これが出た時ちょっと話題になりましたけど、初代のVT250Fが話題になることはありませんでしたね。

この系譜を辿ってもらうと分かるようにVTの始まりはこのメーターバイザーならぬビキニカウルが始まりなので、何も不思議ではない話。

VTRF

そしてこのモデルがVTシリーズのラストモデルとなったわけで・・・初代に通ずるモデルで最後を迎えたと思うとセンチメンタルな気分になりますね。

厳密に言うと2014年のラジアルタイヤ化がラストモデルとなるわけですが、ラジアルタイヤに変更した理由がこれまた面白い。

なんでラジアルタイヤにしたのかっていうと、スポーツ走行への対応はもちろんなんですが、低扁平化で足付きを更に良くするため。

ラジアルタイヤモデル

もう十分だろうと思うシート高から更に15mm下げられて740mmという低さになりました。

もちろんラジアル化によるグリップ力の上昇に合わせてブレーキやサスペンション、果てはギア比まで見直す細かい改良も加えられています。

VTR広告

ところでVTRっていうと

「バイク便御用達バイク」

っていうイメージを持っている人が多いと思います。そして何故かこれを悪いイメージと捉えてる人が多い。

バイク便

何故バイク便の人たちの多くがVTRを買うか考えた事があるでしょうか。

「取り回しが優れているから」

「振動が少ないVツインだから」

「燃費が良いから」

「頑丈だから」

色々あります・・・

VTRF

が、結局これらを纏めると一つなんです。

「最も贅沢な250ccだから」

という事です。

VTRのエンジン

ブームだったからこそ許された専用設計エンジンを積んでます。

VTRのフレーム

ブームとは無縁になったから許されたオーダーメイドスーツの様なトラスフレームを持っています。

大量に売れるからこそ許される心臓と、大量に売れないからこそ許される骨格。VTRはその両方を持っているんです。

これは長い歴史を持っているからこそ出来た芸当であり、造れたバイク。

Vツインエンジン

もう二度とこんな贅沢な250は出ないでしょうね。

※2017年をもって生産終了

主要諸元
全長/幅/高 2080/725/1055<1045>mm
[2080/725/1115mm]
シート高 760mm
{755<745>mm}
車軸距離 1405mm
車体重量 161kg (装)
[164kg (装)]
{160kg(装)}
燃料消費率 40.0km/L
※定地走行テスト値
燃料容量 12L
エンジン 水冷4サイクルDOHC2気筒
総排気量 249cc
最高出力 30ps/10500rpm
最高トルク 2.2kg-m/8500rpm
変速機 常時噛合式5速リターン
タイヤサイズ 前110/70-17(54H)
後140/70-17(66H)
{前110/70-17(54H)
後140/60-17(63H)}
バッテリー YTZ7S
プラグ
※2つの場合は手前が、3つの場合は中央が標準熱価
CR8EH9
または
U24FER9
推奨オイル ウルトラG1(10W-30)
オイル容量 全容量2.4L
交換時1.9L
フィルター交換時2.1L
スプロケ 前14|後41
チェーン サイズ520|リンク104
車体価格 540,000円(税別)
[560,000円(税別)]
{554,000円(税別)}
<564,000円(税別)>
※[]内はVTR-F
※{}内は14年7月以降モデル
※<>内はType LD(Low Down)
系譜図
VT250F1982年
VT250F
(MC08前期)
MC08後期1984年
VT250F/Z
(MC08後期)
MC151986年
VT250F/Z
(MC15)
MC201988年
VT250SPADA
(MC20)
MC251991年
XELVIS
(MC25)
BA-MC33前期1997年
VTR
(BA-MC33前期)
BA-MC33後期2002年
VTR
(BA-MC33後期)
JBK-MC33前期2009年
VTR
(JBK-MC33前期)
JBK-MC33後期2013年
VTR
(JBK-MC33後期)

VTR(JBK-MC33前期) -since 2009-

2009年式VTR

「The V-Twin Quarter」

厳しくなった排ガス規制に対応するためFI(電子制御燃料噴射装置)を装備したJBK-MC33前期。

ちょっと言いそびれていたので補足。

キャブ時代のBA、そしてFIとなったJBK、これは何処までの排ガス規制を通しているのかを表す国土交通省が設けてある型式の事。

BAだと2006年の排ガス規制までで、JBKなら2016年の排ガス規制までクリア出来ていますよって意味。

旧型と新型

ホンダの場合は認定型式がメジャーだからFI化されてもMC33のままで混乱するからワザと付けています。

ちなみにホンダの系譜だけ前期/後期という分け方が多いのもこれが理由。

型式については

『車名に続く記号について~認定型式と通称型式~|バイクのはてな』

をどうぞ。

話をVTRに戻しますが・・・”FI化”と簡単に言いましたが、これがまた簡単じゃない。

新型

まず高性能なECUを積まないといけない上に、消費電力も増すのでジェネレーターもレギュレーターもワンクラス上の物に。

そしてエンジンが今どういう状況か細かく監視しないといけないのでクランクセンサーも精密化。

そんなの知ったことではないって話ですが、実はこれらによって吹け上がりが段違いに良くなっていたりします。

新型クランクセンサー

もう一つは見て分かる通りフレームを含むシート周りを一から作り直したわけですが、コレがまた非常に良く考えれられている。

まずただでさえ良かった足つきが冗談かと思うほど更に良くなりました。

新型シート

ただ恐らくこう書くと

「背が低い人向けで窮屈そう」

と思うかも知れないけど、そうじゃないのがVTRのシートの凄いところ。

写真では分かりにくいのですが先代よりもシート後方が若干ワイドハイになってるんです。

新型シート

これ何のためかと言えば平均的なライダーのため。

”敢えて”後方を膨らませる事で普通の人が乗ると自然と最適なスポーツポジションを取ってしまう。

JBK-MC33

という何ともニクらしい改良となっているわけです。

主要諸元
全長/幅/高 2080/725/1055mm
シート高 760mm
車軸距離 1405mm
車体重量 161kg (装)
燃料消費率 40.0km/L
※定地走行テスト値
燃料容量 12L
エンジン 水冷4サイクルDOHC2気筒
総排気量 249cc
最高出力 30ps/10500rpm
最高トルク 2.2kg-m/8500rpm
変速機 常時噛合式5速リターン
タイヤサイズ 前110/70-17(54H)
後140/70-17(66H)
バッテリー YTZ7S
プラグ
※2つの場合は手前が、3つの場合は中央が標準熱価
CR8EH9
または
U24FER9
推奨オイル ウルトラG1(10W-30)
オイル容量 全容量2.4L
交換時1.9L
フィルター交換時2.1L
スプロケ 前14|後41
チェーン サイズ520|リンク104
車体価格 530,000円(税別)
※スタイルIIは+10000円
系譜図
VT250F1982年
VT250F
(MC08前期)
MC08後期1984年
VT250F/Z
(MC08後期)
MC151986年
VT250F/Z
(MC15)
MC201988年
VT250SPADA
(MC20)
MC251991年
XELVIS
(MC25)
BA-MC33前期1997年
VTR
(BA-MC33前期)
BA-MC33後期2002年
VTR
(BA-MC33後期)
JBK-MC33前期2009年
VTR
(JBK-MC33前期)
JBK-MC33後期2013年
VTR
(JBK-MC33後期)

VTR(BA-MC33後期) -since 2000-

キャブVTR後期

「V-Twin Playtime!」

排ガス規制に伴い二次エアシステム(エアインジェクション)導入の他、ハンドルのメッキ加工やケースカバーなどをシルバー化した後期モデル。

スペック的なところでは車重が+1kgとなっただけ。

この後期モデルで最大の特徴となるのが

外装×フレーム×ホイール

の色を選べるカラーオーダープランを始めたこと。最初はカラーも豊富で組み合わせは全部で106通りもありました。

VTRカラーバリエーション

いくら何でも多すぎたのか二年後からは54パターンに減りましたがそれでも多い。

でも結局みんな選ぶのはオーソドックスなカラーパターンっていう・・・。

キャブVTRカタログ写真

ちなみにこの2002年モデルからはサスペンションとシート形状を見直したローダウンモデルも追加されています。

ちょっと小言。

VTRでよく言われているのが

「MONSTERとそっくり」

というやつ。

VTRとMONSTER

MONSTERが出たのが1993年、VTRが出たのが1997年です。

コレについて

「ミゲール(MONSTERのデザイナー)がホンダ時代に残したデザインを元に造った」

という説が広まっているんですが・・・実はこれ間違い。VTRのデザイナーである澤田さんがキッパリと否定しています。

VTRのコンセプトスケッチ

左が初期のコンセプトスケッチで右が最終スケッチ。もし本当にモンスターが元なら最初からトラスフレームにしますよね。

あと付け加えるなら同じトラスフレームと言っても、形はモンスターというよりVTR1000Fに近いんですけどね。

こう言われるようになったのはMONSTERが

『Vツイン×トラスフレーム×ネイキッド』

として初めて成功したというかDucati史上最大のヒットとなり、市場に強いインパクトを与えたからかと。

主要諸元
全長/幅/高 2040/720/1050mm
シート高 780mm
車軸距離 1410mm
車体重量 154kg(装)
燃料消費率 40.0km/L
※定地走行テスト値
燃料容量 13L
エンジン 水冷4サイクルDOHC2気筒
総排気量 249cc
最高出力 32ps/10500rpm
最高トルク 2.4kg-m/8500rpm
変速機 常時噛合式5速リターン
タイヤサイズ 前110/70-17(54H)
後140/70-17(66H)
バッテリー YTX7L-BS
プラグ
※2つの場合は手前が、3つの場合は中央が標準熱価
CR8EH9(標準)/CR9EH9
または
U24FER9(標準)/U27FER9
推奨オイル ウルトラG1(10W-30)
オイル容量 全容量2.4L
交換時1.9L
フィルター交換時2.1L
スプロケ 前14|後41
チェーン サイズ520|リンク104
車体価格 439,000円(税別)
※カラーオーダーは+15000円
系譜図
VT250F1982年
VT250F
(MC08前期)
MC08後期1984年
VT250F/Z
(MC08後期)
MC151986年
VT250F/Z
(MC15)
MC201988年
VT250SPADA
(MC20)
MC251991年
XELVIS
(MC25)
BA-MC33前期1997年
VTR
(BA-MC33前期)
BA-MC33後期2002年
VTR
(BA-MC33後期)
JBK-MC33前期2009年
VTR
(JBK-MC33前期)
JBK-MC33後期2013年
VTR
(JBK-MC33後期)

VTR(BA-MC33前期) -since 1997-

MC33

「自由の価値。」

実質的にSPADAの後継となるV-Twin RoadsportsのVTR/MC33型。細かいですが『VTR』と言えばこの250ccモデル。

鳴かず飛ばずのゼルビスの反省を活かし小柄で軽量な車体。

初代VTR

これは

「常用域における良好な使い勝手と、気負わず走る楽しさ」

という事で40~60kmを重点に置いたから。

だから軽くスリムだから街中もスイスイ行ける取り回しの良さ。加えて低速からパワーのあるVツインだから街乗りでこのバイクの右に出る250は無いんじゃないかと。

VTR分布図VTRが出た頃というのはまだ250ccも直四が存続していました。

ただホンダ含め各社ともこぞって四気筒出すもんだから、四気筒が当たり前になり物珍しさやありがたみも無かった。そしてそんな蔓延していた四気筒特有の車重というか取り回しの重さにウンザリしている人たちも居た。

そんな中でVツインというボリュームで負けてしまう要素を逆手に取った250が出たんだから直四に飽きた人たちから歓迎された。

VTRカタログ写真

ボリューム負けを逆手に取っている事がよく現れているのが外見。

『パーツレスデザイン』

といって”一部品一機能”ではなく”一部品多機能”という削ぎ落とす事を第一としたコンセプト。

これのおかげでVTRはVTシリーズ最軽量となる乾燥重量139kgを達成し、大人気とまではいかなかったけど一定の人気を獲得する事になりました。

主要諸元
全長/幅/高 2040/720/1050mm
シート高 780mm
車軸距離 1410mm
車体重量 153kg(装)
燃料消費率 40.0km/L
※定地走行テスト値
燃料容量 13L
エンジン 水冷4サイクルDOHC2気筒
総排気量 249cc
最高出力 32ps/10500rpm
最高トルク 2.4kg-m/8500rpm
変速機 常時噛合式5速リターン
タイヤサイズ 前110/70-17(54H)
後140/70-17(66H)
バッテリー YTX7L-BS
プラグ
※2つの場合は手前が、3つの場合は中央が標準熱価
CR8EH9(標準)/CR9EH9
または
U24FER9(標準)/U27FER9
推奨オイル ウルトラG1(10W-30)
オイル容量 全容量2.4L
交換時1.9L
フィルター交換時2.1L
スプロケ 前14|後41
チェーン サイズ520|リンク104
車体価格 429,000円(税別)
系譜図
VT250F1982年
VT250F
(MC08前期)
MC08後期1984年
VT250F/Z
(MC08後期)
MC151986年
VT250F/Z
(MC15)
MC201988年
VT250SPADA
(MC20)
MC251991年
XELVIS
(MC25)
BA-MC33前期1997年
VTR
(BA-MC33前期)
BA-MC33後期2002年
VTR
(BA-MC33後期)
JBK-MC33前期2009年
VTR
(JBK-MC33前期)
JBK-MC33後期2013年
VTR
(JBK-MC33後期)