「Ride into the future.」
ヤマハが1993年に出したGTS1000/4BHとABS仕様のGTS1000A/4FE型。
当時フラッグシップだったFZR1000をベースにEFI(電子制御燃料噴射装置)と日本車として初となる三元触媒を採用した欧州向けのヨーロピアンツアラーです。
これは欧州市場でロングツーリングまで何でも熟せる一台が求められていた事と、環境破壊が問題視されていた事を鑑みて造られた背景があります。
そんなGTS1000最大の特徴は何と言ってもリアだけでなくフロントもスイングアーム方式を採用していること。
『ニューフロントサスペンション』
というのが公式名なんですが・・・コレの狙いについて怒られそうなくらい簡略化して長々と。
我々がよく知るフロントサスペンションは望遠鏡の様に伸び縮みするテレスコピック方式と呼ばれるもので
「サスペンションがステアリングも兼ねている」
というのが特徴です。
しかしこれには少しいただけない問題がある。
サスペンションがステアリングを兼ねているという事は
「サスペンションの動きがそのままステアリングにも影響する」
という事でもあるからです。
分かりやすいのはノーズダイブというフロントブレーキを強く握ると前のめりになってしまう現象。あれはフロントフォークが縮むから起こる現象なんですが、それが起こるとステアリング(キャスター角)が立ってしまう。
キャスター角というのはザックリ言うとフロントフォークの角度で、これが直進安定性に大きく関係しています。
寝ているほど(トレール量が大きくなり)直進安定性が増すし、反対に立っていると安定しない。だからクルーザーなんかは寝かせ気味な一方で、スーパースポーツなどは直進安定性がコーナリングの邪魔をしないよう立ってる場合が多い。
問題になるのはサスペンションの動き(ノーズダイブなど)でこの要素が大きく変わってしまうという事。急ブレーキをかけるとハンドルが左右に切れ込んで転倒してしまうのもこのキャスター角(トレール量)の急減によるものが大きいんです。もちろんホイールベースも。
対してスイングアーム式というのはどんなに強くブレーキをかけてもそれらの変化がほとんど起こらない。なぜならステアリングとサスペンションが分離されているから。
どれだけブレーキをかけようがドッタンバッタンしようが車体のディメンションは大きく変わらないんです。
それをよく現してるのがオメガシェープドフレーム(別名 オメガクレードル)と呼ばれる独特な形をしたフレーム。
メインフレームが下側だけでハンドルまで繋がっていないのが分かると思います。
これはテレスコピックがトップブリッジ(フロントフォークの一番上)で荷重を受けるのに対して、スイングアーム式はピボット(フレームの下側)部分だけだから。分かりやすく言うとフロントもリアと同じ様になっているということ。
「じゃあどうやってハンドル切るの」
という話なんですが、ビモータのテージなど一般的な前後スイングアーム式のバイクはセンターハブステアリングなんですがGTS1000は違います。
GTS1000のステアリングはユニバーサルジョイントとボールベアリングを用いたボールナット式です。
早い話が一昔前の四輪に使われていた方式。
サスペンションとステアリングが分離しててステアリングはボールナット式・・・つまり四輪から取ってきて90度回して付けている形なんですね。
そんなGTS1000なんですが一代限りで終わってしまった事からも分かる通り、市場評価はお世辞にも賛美で溢れてたものではありませんでした。本当に鳴り物入りだったんですけどね。
始まりは1986年アメリカのサスペンションメーカーRADDがFZ750のエンジンをベースにフロントをスイングアームにしたMC2というモデル。
ヤマハの出資で開発されたGTS1000プロトタイプと言えるモデルです。
そこから3年後の1989年東京モーターショーにMorpho(モルフォ)というコンセプトモデルを展示。
それはそれは注目の的で翌年の1990年にはMorpho2に発展。覚えている人も多いのではないでしょうか。
そして1993年にGTS1000/Aとして市販化された。
絵空事だと言われていたショーモデルが本当に市販化された瞬間だったわけですが、それにも関わらず評判はそれほど良くなかった・・・何故か。
「テレスコピックじゃなかったから」
です・・・なんだか矛盾しているように聞こえますよね。
「テレスコピックじゃなかったら反響が良かったんだろ」
って。でもこれが受け入れられなかった。
スイングアーム式はハンドルの切れ角を稼げない事を除けばテレスコピック式より優秀とも言われています。
サスペンションの動きにディメンションは影響されないし、フレームの下の方で受け止めるからステア周りの剛性も要らずフレームやエンジンの自由度も高い。
でもそれがダメだった。
『あまりにも優れている構造』
だったからダメだったんです。
スイングアーム式はこのライトアップされている下部ですべて受け止め抑え込んでくれます。
それが運転するライダーに何をもたらすか
『接地感の希薄さ』
をもたらすんです。キャスター角が変わらないのはもちろんのこと
・ロードノイズ
・フレームの捻じれ
・サスペンションのキックバック
などなどテレスコピックだとライダーにまで伝わってくるものが、全てライダーのはるか下部で完結してしまい伝わってこない。
四輪のフロントタイヤがバイクほど正確に感じ取れないのと一緒です。箸で例えると分かりやすいかもしれないですね。
一般的な箸とリンクを介して手に直接的な荷重が掛からないように突き出ている箸、どっちが箸先を正確に感じやすいか一目瞭然だと思います。
スイングアーム式にもこれが当てはまり、乗り手を不安にさせるんです。人によっては平衡感覚を失う事もある。バランスを取らないといけないバイクにとってこれは致命的。
ちなみに昔、GTS1000オーナーの方から
「いやそんなに乗り辛くないよ」
っていう声を頂いた事があります。
それもそのはず実はGTS1000はピボットに差異を付けストロークに応じてキャスター角が変化する意図的な設計をしているんです。
理由はもちろん
『テレスコピックに近い挙動』
になるようにです。
他にも130/60というワイドタイヤをフロントに履かせる事で接地感を増すなどの創意工夫がされていました。
ただそこまでしてもテレスコピック並の接地感を得ることは出来ず
「ふわふわしてる」
「丸太に乗ってるよう」
「何も応答がない」
「フロントが信用できない」
というインプレが多々聞かれ、次世代を担うフロントサスペンションだと認められる事はなかったんです。
GTS1000はショーモデルで拍手喝采を浴びるフロントスイングアームの理想とその現実をまざまざと見せつけたモデルじゃないかなと思います。
でもこの問題の原因って何処にあるんでしょうね。
接地感を希薄にしてしまうスイングアーム式という構造が悪いんでしょうか、それともテレスコピックじゃないと感じ取れない人間の感性が悪いんでしょうか。
主要諸元
全長/幅/高 | 2165/700/1255~1320mm |
シート高 | 795mm |
車軸距離 | 1495mm |
車体重量 | 246kg(乾) [251kg(乾)] |
燃料消費率 | – |
燃料容量 | 20.0L |
エンジン | 水冷4サイクルDOHC4気筒 |
総排気量 | 1002cc |
最高出力 | 100.6ps/9000rpm |
最高トルク | 10.8kg-m/6500rpm |
変速機 | 常時噛合式5速リターン |
タイヤサイズ | 前130/60ZR17 後170/60ZR17 |
バッテリー | YTX14-BS |
プラグ ※2つの場合は手前が、3つの場合は中央が標準熱価 |
DPR8EA/DPR7EA または X24EPR-U9/X22EPR-U9 |
推奨オイル | SAE 10W/30~20W/40 |
オイル容量 ※ゲージ確認を忘れずに |
全容量3.2L 交換時2.5L フィルター交換時2.7L |
スプロケ | 前17|後47 |
チェーン | サイズ532|リンク118 |
車体価格 | – ※[]内はABS仕様 |